コント「ワ・ワ・ワード」

【登場人物】
臼葉
:編集プロダクション「ぽんちょ」社員。Wordの限界に挑む奇行種。
ナツメグ:ここあん高校の女子生徒。不条理の実践者。なぜか「ぽんちょ」に現れる。
おはぎはん:フリーライター。現場の熱量に弱い「槍」。
鶴亀 昌子:「ぽんちょ」社員。過酷な現実をスルーする究極の防衛術を持つ。

【場面設定】
椎名町三丁目の雑居ビルにある、編集プロダクション「ぽんちょ」のオフィス。

机の上に栄養ドリンクの空き瓶が転がる中、臼葉がモニターに顔が触れそうな距離でマウスを握りしめている。その背後から、おはぎはんと鶴亀昌子が彼を見ている。

おはぎはん:(小声で)かめちゃん。臼葉さん、さっきから何してはるんですか。あの画面、イラレでもインデザインでもないですよね。あれ、Wordちゃいます?

鶴亀昌子:(モニターから一切目を離さず、無表情でキーボードを叩きながら)DTP作業です。彼曰く、「制限のない専用ソフトでレイアウトを組むのは、ただの甘え」だそうです。

おはぎはん:甘えって……! Wordで雑誌のページ組むなんて、地獄の縛りプレイですやん! 画像の上にテキストボックス重ねて、なんか変な汗かいてはりますよ!

臼葉:(独り言のように)……違う。ワードアートの影の角度は35度だ。これを36度にすると、段落の余白が反逆する。私には、影を付けたくても名前がない。

(その時、オフィスのドアが開き、制服姿のナツメグが無表情で入ってくる)

ナツメグ:空間の暴力ね。

おはぎはん:え? なんや君、高校生? ここのセキュリティー、どないなっとるん?

(ナツメグは、おはぎはんを完全に無視して臼葉の背後に立ち、モニターを覗き込む)

ナツメグ:その図形の配置。Wordという絶対的なグリッドに対する、見事な反抗。でも、まだ甘い。

臼葉:(振り向かずに)甘いだと? 私は今、行間の固定値と、透明度40%の円形オブジェクトのレイヤー順序を巡って、ゲイツ君と死闘を繰り広げているんだぞ。

ナツメグ:前提が間違っている。あなたはソフトウェアを「制御」しようとしている。それは近代の傲慢よ。Wordの真の美しさは、予測不能なシステムの反逆にある。

(ナツメグは臼葉の横から手を伸ばし、マウスを奪う。そして、画面上に配置されていた見出しの画像を、ほんの数ミリだけドラッグした)

(その瞬間。画面上のテキスト、図形、段落が、まるで爆撃を受けたかのように四散し、次のページ、さらに次のページへと無秩序に吹き飛んでいく)

臼葉:(目を血走らせて)おおっ……!

ナツメグ:見た? たった3ミリの画像の移動が、すべてのテキストを別次元へと吹き飛ばした。これはエラーではない。文脈の完全な解体よ。

臼葉:素晴らしい……! 私が3時間かけて構築したレイアウトが、一瞬で無に帰した! この圧倒的なカオス! Wordは、我々の支配を拒絶しているんだ!

ナツメグ:そう。画像の「行内」配置と「前面」配置の矛盾を突くことで、彼らは自由になる。さあ、次は改行キーを連打して、不可視の段落記号で画面を埋め尽くすわよ。

臼葉:やろう! 余白という概念を破壊するんだ!

(二人はモニターの前で、意味不明な文字列と飛び交う図形を見つめながら、異様な熱気で息を荒くしている)

おはぎはん:(呆れ果てて)……ちょっと、何なんですかあの二人。せっかく組んだレイアウトがぐちゃぐちゃになって喜んでるって、頭おかしいんちゃいますか!? 先輩、止めてくださいよ! あんなん、明日印刷所に回せませんよ!

鶴亀:(一定のリズムでタイピングを続けながら)問題ありません。臼葉さんのあの作業は、ただの「儀式」です。最終的な入稿データは、社長がこっそり外注のデザイナーに回していますから。私は、私の担当ページの赤字を処理するだけです。バックスペースばーん、ばん、ばばーん。

おはぎはん:思考停止してんと現実見てくださいよ!

(おはぎはんはツッコミを入れるが、ふと、ナツメグと臼葉の方を見る。二人の額には、本物の汗が滲んでいた。「ここで図形をグループ化すれば」「いや、あえて背面へ送る!」と叫び合う姿には、狂気じみた、しかし紛れもない「現場の熱」があった)

おはぎはん:(ゴクリと喉を鳴らす)……いや、でも。

鶴亀:……おはぎはん?

おはぎはん:制限された不条理な環境の中で、あえて破滅に向かって突っ込んでいく……。泥臭い。泥臭すぎる……! なんか、この現場の熱量、私の槍と激しく共鳴してきよったで……!

鶴亀:あなたは、共鳴しないで。納期が死ぬ。

おはぎはん:あかん、ちょっと私にもマウス触らせて! その「四角形」、テキストの背面に回したらどうなるんか、見届けたなってきたわ!

(おはぎはんは、吸い寄せられるように二人の輪の中へ飛び込んでいく)

鶴亀:(小さくため息をつき、静かに自分のノートPCの電源を落とす)しゃっとだうーん。

(幕)

作・千早亭小倉

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