
ここは、ここあんタワー最上階にある展望カフェ「展望台」。
中野小春が姪の楓子と、ここあんの風に吹かれながら、のんびりパフェなどをつついていた。
「楓子ちゃん、今日はなんだかいつもと違うね。どうしたの? 眉毛がピクピクしてるけど」
「え? あ、別に何でもないよ、小春ちゃん。眉毛は生まれたときからこうなの」
「そう? なんだか落ち着かないみたいだけど、もしかして、はる君のこと考えてる?」
「うーん、実は」
楓子は、少し間を置いて口を開いた。
「はる先輩、最近私のこと、撫でようとしないんだよね」
「え? 撫でる? はる君が楓子ちゃんを?」
はるとは、ここあん大学の学生で、自主映画の制作を通じて知り合った恋流波陽のこと。最近、楓子の紹介で、小春のパート先の編集プロダクションでアルバイトを始めたこともあり、小春も陽のことはよく知っている。
「そうだよ。前はよく、私の頭とか肩とか、撫でてくれたのに」
楓子は、頬を膨らませながら言った。
「最近は、目が合ってもそらされちゃうし。もしかして、私のこと嫌いになっちゃったのかな?」
小春は、少し困ったような表情で楓子を見た。
「楓子ちゃん、もしかしてはる君のこと」
「え? な、なに? 小春ちゃん」
「うーん、やっぱりやめとく。ごめんね」
小春は、言いかけて言葉を飲み込んだ。楓子の気持ちを考えると、軽はずみなことは言えなかった。
「その気なんの気、気になる、気ぃー」
楓子は、窓の外に広がる景色を見つめながらロングにつぶやいた。
「はる先輩、私のことどう思ってるのかな。撫でてくれないなんて、私のこともう女として見てないのかな」
「こ、これまでははる君は楓子ちゃんを女とし……」
「なあに、小春ちゃん?」
「なんでもないわ」
小春はそう言って、楓子の背中にそっと手を添えた。
その時、カフェの入り口に人影が見えた。
「あれ? はる君じゃない? しかも、なんか手に持ってるというか、あれ、猫?」
小春が言うと、楓子は慌てて小春の視線の先を追った。
確かに、はるがこちらに向かって歩いてくる。そして、猫を抱いている。
「え、あ、へええ」
小春がはるが入ってきたカフェ入口の張り紙に気づく。「え、ここって猫持って上がってきていいの? あら、あのポスターに『猫開放デー』って書いてある。へええ、そんな日があるなんて」の「え、あ、へええ」だった。
「はるせんぱーい!」
楓子は、「え」も「あ」も「へええ」もなく、笑顔ではるに手を振った。
はるは、少し驚いた表情で二人に近づいてきた。
「小春さん、楓子ちゃん、こにゃにゃちわ」
「はる君、こにゃにゃちわ。その猫ちゃん、可愛いね。飼ってるの?」
「あ、この子は」
はるは、抱いていた猫を少し強めに抱いてこう言った。
「この子は、僕の知り合いの猫なんです。最近、飼い主さんが忙しくて、僕が預かってるんです」
「そうなんだ。はる君、猫好きなの?」
「ええ、まあ。猫は、気まぐれで、自由なところが良いですね」
「ふーん」
楓子は、少し不満そうな表情をした。
「はる先輩、もしかして私たちを避けてた?」
楓子は、思い切ってはるに聞いた。
はるは、少し困ったような表情で答えた。
「いや、そんなことないよ。ただ、最近少し忙しくて。それに、この猫の世話もあって」
「猫の世話。もしかして、私より猫の方が大事なの?」
楓子は、拗ねたような口調で言った。
「そんなことないよ! 楓子ちゃんのこと、ちゃんと大事に思ってるよ」
はるは、慌てて否定した。
「ほんと? じゃあ、なんで最近撫でてくれないの?」
「え? 撫でる? ああ、それは」
はるは、小春の視線も気にしながら、楓子への返事を探した。
「はる先輩、もしかして私に飽きちゃった?」
楓子は、不安そうな表情ではるを見つめた。
「楓子ちゃん、それは言ってはだめなヤツよ」
小春がたしなめる。
「そんなことないよ! ただ……、その……」
はるは、何かを言いかけて、そして猫をまた抱きしめた。
「ごめん、今日はもう帰るね」
はるはそう言うと、猫を抱いたままカフェを後にした。
「……」
楓子ははるの背中を見つめたまま言葉を失った。
小春はそんな楓子を心配そうに見つめていた。
その時、楓子の様子が おかしくなった。
「ニャー」
楓子が小さく鳴いた。
「ふ、楓子ちゃん?」
小春がかけた声も聞こえないのか、楓子は立ち上がると、はるの後を追いかけようとした。
「待って、楓子ちゃん!」
小春は、慌てて楓子を止めた。
「ニャー! ニャー!」
楓子は、小春に必死に訴えかけた。
その姿は、まるで 逆毛を立てた猫のようだった。
「楓子ちゃん、落ち着いて! どうしたっていうの?」
小春は、必死に 楓子をなだめようとした。
しかし、楓子は 聞く耳を持たなかった。
「ニャー! ハニュ先輩! にゃでて! にゃでて!」
楓子は、小春を30メートルほど突き飛ばし、はるの後を追って一目散に走り出した。
「ごぉら待て、楓子!」
小春は、240回転したあと、楓子の後を追った。
カフェに残された人々は、 二人の様子を 唖然と見つめていた。
(つづく)
作・千早亭小倉
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