【登場人物】
いときち:23歳。ガールズバンド「栗きんとん99」のギター担当。常に金欠。
真田まる:28歳。いときちの姉。ものがたり屋店主。
【場面設定】
ものがたり屋のカウンターの隅。いときちが古本を開いている。

いときち:(本を閉じて)このページ、絶対におかしい。
真田まる:(湯飲みを置いて)なにが。お茶、まだ熱いで。
いときち:昨日読んだ時はただの愚痴だったの。スタジオ代が高いとか、アンプが重いとか。
まる:ああ、前に買ったって言ってた、ロッカーのエッセー集やね。
いときち:そう、それ。あと、仲間に裏切られたとかね。
まる:悪口だったらあかんな。
いときち:でも今日読んだらな、なんか歌詞みたいに響くんだよ。
まる:一日で本の中身が変わるわけないやん。
いときち:変わったの。愚痴みたいな歌詞でもないし、歌詞みたいな愚痴でもない。同じひとつの文章なのに、ふたつの別々の顔を持ってる。
まる:ふうん。本の中身が変わったんやなくて、あんたの読み方が変わったんちゃうの。
いときち:読み方?
まる:そう。昨日と今日で。たとえばどんな文章なん。
いときち:「錆びついたギターの弦が、俺の指先から血を奪っていく」。
まる:それはただ、弦を張り替えるのをケチって指切ったってだけの話やね。
いときち:昨日まではお姉ちゃんと同じく、そう思ってた。でも今日は、音楽に身を削る痛みが、そのまま生きている証みたいに思えるんだよ。後悔も含めてね。
まる:それ、昨日スタジオ代払って「今月の生活費が飛んだ」って凹んでたからちゃうの。痛いのは指やなくてお財布やろ。あんたも後悔してるんやない?
いときち:姉ちゃんはすぐそうやって現実に戻す。じゃあ、これは。「冷え切ったピザの硬い耳を噛みちぎる。俺たちの情熱も、こうやって冷めていくのか」って、どう?
まる:それはただ、電子レンジで温め直すのを面倒くさがったって話やん。
いときち:言うと思った。でも、違うの。どんなに熱い思いも時間とともに冷酷に硬くなっていく、その無情さを感じるんだよ。後悔も含めてね。
まる:やっぱり後(言うのをやめて)、というか、それは単にあんたが今、めっちゃお腹空いてるからちゃうの。さっきからお腹鳴ってるで。
いときち:鳴ってない。今は純粋に言葉の話をしてるの。
まる:だって、言葉ってそういうもんやん。お腹空いてる時に見る卵焼きの写真は美味しそうやけど、お腹いっぱいの時に見たらただの黄色い四角や。
いときち:卵焼きとロックを一緒にしないでよ。
まる:でも同じやで。言葉も、受け取る側の心の空き具合で味が変わるんよ。あんたの心が今日、ちょっと空きっ腹やったんやわ。
いときち:心の空きっ腹。
まる:そやから、ただの愚痴が、美味しい歌詞みたいに沁み込んだんやろね。
いときち:じゃあ、明日また心が満たされてる時に読んだら、ただの愚痴に戻るのかな。
まる:そのときはそのときでまた違って感じるんちゃう。もしも愚痴に戻るだけやったらその本、古河書店に売って、そのお金で卵焼きでも買いに行き。
いときち:百円で買った本、いくらで売れるんだろう。
まる:十円、値がついたら御の字やろね。
いときち:それ、すごく悲しい曲が書けそう。
まる:値、無いから、子守唄やね、きっと。
いときち:(鼻歌のようにハミング、歌の世界に入る)
(まるは、お茶のおかわりを準備する)
(了)
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