箱庭コント「どこだってステキさん」

【登場人物】
矢尾 リリカ:ここあん高校の生徒。シニカルな「冷たい最強」。
鈴木 美桜:ここあん村立図書館の司書。極度の「捨てられない」症候群。
真木 まき:同図書館副館長。メルヘンな言葉で話すが知識の宝庫。
三成 ミツヒデ:ここあん大学講師。テクストの解剖医。
矢尾 玲子:リリカの母。自称「ステキさん」。現実歪曲能力の持ち主。

【場面設定】
昼下がりのここあん村立図書館、1階の村民交流ラウンジ。 リリカが窓際の席で安部公房の文庫本を読んでいる。天井のスピーカーからは、微かにFMここあんのラジオ中継が流れている。

リリカ(心の声):ダメ。今日の脳内OS、完全にバグってる。原因は明白。今朝、リビングでママがやっていたあれのせい――。

(矢尾家リビング。玲子が「息を吸っテキ、吐いテキ。ほんとにステッキ」と言いながら、ストレッチのようなヨガの呼吸法のようなことをやっている。ただし、「吸って」なのか「スッテキ」なのかあたりは曖昧)

リリカ(心の声):あのおぞましい呪文が、鼓膜の奥にこびりついて離れない。

鈴木美桜:(段ボール箱を抱えてやってくる)まきさーん!

リリカ:(はっとして)…きさん? ステキさん?

美桜:まきさーん、この古いマグカップたち、どうしても捨てきれないんです!

リリカ:(ビクッとして肩を跳ねさせる)今度は確かに。ステキ……れない?

真木まき:(ふんわりと微笑んで)ふふ、その水垢さん、一度綺麗にしましょう。クエン酸を水で割って、数滴垂らせば……。

リリカ:(文庫本を強く握りしめる)……さんをスーテキ……垂らせば。ステキの2乗?

三成ミツヒデ:(タブレット端末を操作しながら現れる)真木副館長。蔵書整理の件ですが、この廃棄予定リストの積算データに、論理的ではない感情のノイズが混入しています。

リリカ:(ギリッと奥歯を噛む)…キさんデータ。データ?

まき:あら、三成さん。ノイズじゃなくて、捨てきれない思い出の余白ですよ。

リリカ:(目を閉じる)また、来た。ステキ……れない?

ミツヒデ:私の指摘は、客観的な事実の提示です。

リリカ:(さらに目をかたく閉じる)なになに、私のステキって!?

ミツヒデ:空間の限られたインフラにおいて、物理的な体積を伴う余白はエラーでしかありません。

リリカ:(机に突っ伏しそうになる)ママの自己愛という名のウイルスに、この村全体が書き換えられていく。

(ラウンジのスピーカーから、FMここあんのDJ・ミサンガの甲高い実況が響く)

ミサンガの声:『さあ、後半戦! グラウンドでは相手選手が一人退場し、こちらが数的優位に立ちましたー!』

リリカ:(両手で耳を塞ぐ)ステキが優位? ママ、勝ってるの? 何に?

(その時、ラウンジの自動ドアが開き、パステルカラーのカーディガンを優雅に羽織った矢尾玲子が入ってくる)

玲子:あら、プリンちゃん!

リリカ:(絶望に満ちた表情で、ゆっくりと顔を上げる)

玲子:また難しい本を読んで自分を磨いていたのね。活字を追うその伏し目がちな瞳、さすが未来のステキさんだわ!

リリカ:(数秒間、母の完璧な笑顔を無表情で見つめ返し……やがて、パタンと文庫本を閉じる)……ママ。

玲子:なあに? ステキさんに何か買ってほしい本でも見つかったの? 図書館はパパのカードでも買えないわよ。

リリカ:……帰ろう。

玲子:え?

リリカ:今すぐ、私を家に連れ帰って。

玲子:(両手を頬に当てて目を輝かせる)まあ! プリンちゃんから一緒に帰ろうなんて誘ってくれるなんて、なんてステキな午後! 帰りに成城が丘で、ステキなマカロン買って帰りましょうね!

リリカ:(力なく立ち上がり、カバンを肩にかける)ええ、そうね。もう、どうにでもなればいいわ。偽物のノイズを聞き続けるくらいなら、本家本元の暴力に屈した方が、実存主義的だわ。

(満面の笑みで手を引く玲子と、完全に魂の抜けたリリカがラウンジを出ていく。残された美桜、まき、ミツヒデは、不思議そうにその背中を見送る)

(幕)

作・千早亭小倉

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