【登場人物】
渡良瀬 エミ:お嬢様女子大生。実家の九州から戻ったばかり。
恋流波 陽:大学生。恋の放浪者(嘘)。ここあん村の悩めるドンファン。
【場面設定】
エミの母親の店・居酒屋「ここきた」。陽とエミが並んで飲んでいる。

渡良瀬エミ:ハル先輩。これ、お土産です。鶏卵素麺。
恋流波陽:え、けーらんそーめん?
エミ:はい。卵の黄身と砂糖だけで作られてる金色の糸が、きれいに束ねられてそうめんみたいになってるんですよ。
陽:へえ、初めて見る。
エミ:おばあちゃんが「これうまかけん、好きな人にでん持ってき」って、言いよって。
陽:え。今、なんて?
エミ:(ハッとして口元を手で覆う)あ、ハル先輩違うんです。その好きとか。
陽:エミちゃん、そっちじゃなくて。「うまか」とか、「言いよって」とか。
エミ:あ、おばあちゃんたちとずっと一緒にいたから、言葉がうつっちゃって。恥ずかしか。
陽:いや、恥ずかしくないよ。むしろ、すごく可愛い。
エミ:え。
陽:いつもきっちりしているエミちゃんからそんな言葉が出るなんて、少し驚いたけど。なんだか、距離が縮まった気がするな。
エミ:(頬を赤らめ、視線を下に向ける)可愛いです、か?
陽:うん。とても。
エミ:本当ですか。じゃあ、ハル先輩の前では、たまにこの言葉、使ってもよかですか。
陽:くうう。よかですか? よかよか。もちろん。いつでも聞かせてよ。
(エミが陽の言葉に目を輝かせた、その1時間後)
陽:だからさ、氷上先生にあのとき、どう言えばよかったのか、今でもわからないんだ。
エミ:(ドンッとグラスをカウンターに置き、陽を睨みつける)どげんもこげんもなかよ!
陽:え?
エミ:さっきから静さん、静さんって。こんまい男ばいね。
陽:え、えっ? エミちゃん。
エミ:他の女の人の話ばっかりしくさって。せからしか!
陽:(目を見開く。普段の大人しいエミからは想像もつかない強い語気と方言に、思考が一瞬停止する)エミちゃん、今、なんて……。
エミ:せからしかって言ったと! ハル先輩はいつもそう。手の届かない冷たい女の人ばっかり追いかけて。目の前にいる人間の気持ちなんて、ちっとも分かっとらん!
陽:(言葉を失う。しかし、その顔に浮かぶのは困惑ではなく、仮面が剥がれた生身の女性を前にした圧倒的な歓喜)……エミちゃん。
エミ:な、何? 何か言いたかことあるっと?
陽:……すごくいい。普段のお嬢様の仮面が剥がれて、むき出しの感情がぶつかってくる感じ。その方言、たまらなく可愛いよ。もっと言って。
エミ:(一瞬きょとんとし、急に顔を真っ赤にする)なっ……! からかわんで!
陽:からかってない。本気だ。その怒った顔も、強い言葉も、最高に魅力的だ。もっと僕を罵ってくれないか。
エミ:陽先輩、変態や。よか男が、そげんこと言うもんじゃなかよ!
(エミは羞恥と混乱から、陽の肩をバシッと力任せに叩く)
陽:痛い、痛いけど……いい。この物理的な痛みも、君の感情の証明だ。
エミ:バカ! 変態! たわけ! ハル先輩のおたんこなす!
(エミが両手でバシバシと陽の背中や肩を叩き続ける。陽は避けることもせず、痛みに耐えながらも嬉しそうに目を細めている)
陽:ありがとう。エミちゃんの感情、しっかり受け止めたよ。
エミ:もう、知らんもんね!
(エミの母親愛子がカウンターの向こうでにこにこふたりの様子を見ている。どこへ行く、ここあん村のドンファンよ)
(幕)
作・千早亭小倉




