ベースとなるストーリー
恋流波東彦が40年前に書いたシナリオ「小春ちゃんワンダーランド」。主人公は、エプロン姿がトレードマークの、可愛らしい18歳の女の子。その正体は、血を吸うのが苦手な「吸わない系」のポンコツ吸血鬼。これは、この小春ちゃんとポンコツな仲間たちのスピンオフコント。
【登場人物】
小春:吸わない派の吸血鬼。見た目は可愛いエプロン姿の女の子。人を噛むと、その人がその瞬間に一番なりたいと願っている姿に変身させる能力を持つ。
タダシ:小春の彼氏。平凡な大学生。付き合い始めてからトラブル続きで、自分の生命線の薄さを気にしている。
横山(弟):大柄でワイルドな男。裸に起毛チョッキが定番。いつも業務用のアイスクリームを抱えて手づかみで食べている。
【場面設定】
1980年の夏。都内某所の純喫茶。店内には流行りの歌謡曲が有線放送から流れている。テーブルを挟んで、小春とタダシが座っている。 テーブルの上には、メロンソーダとナポリタンが置かれている。

タダシ:ここのナポリタンは本当に美味しいけど、そんなことでは、気分はちっとも晴れないよ。だって、最近は本当に不運続きなんだもの。昨日だって、大学前の交差点で、急に自転車に服を引っ掛けられて、お気に入りのシャツが破けてしまったんだよ。
小春:でも、タダシさんの破けたシャツの隙間から見えたランニングの白地、インベーダーゲームのキャラクターみたいで可愛かったわよ。
タダシ:可愛くなんかなくていいよ、小春ちゃん。おまけに、手相を見たら生命線がますます薄くなっている気がするんだ。僕の将来が心配だよ。
小春:大丈夫よ、私がいつもタダシさんの隣にいるもの。
(その時、喫茶店のドアが勢いよく開き、カウベルが激しく鳴り響く。入ってきたのは、素肌に起毛チョッキを着た大柄な男、横山弟。小脇に業務用の大きな箱入りアイスクリームを抱え、右手をアイスまみれにしながら、手づかみでアイスを口に運んでいる)
横山弟:ハァ、ハァ、見つけたぞ、小春ちゃん!
タダシ:うわあ、何だこの人は。喫茶店に大きなアイスを持ち込んで、しかも手づかみで食べているよ。
小春:あら、横山さんの弟さん。こんにちは。相変わらず美味しそうにアイスを食べているのね。
横山弟:小春ちゃん、こんにちは。隣にいるのが噂のタダシか。初めまして、俺は横山。君、なんだか顔色がとても悪いね。最高にポンコツな匂いがするぞ。
タダシ:ポンコツ? 初対面の相手に向かって失礼だな。僕はただ、最近不運が続いている普通の大学生だよ。
横山弟:手を見せてみろ。普通の大学生が、こんなに生命線が薄いわけがない。気に入ったぞ。今日からタダシは俺のダチだ。タダチだ!
タダシ:タダチって、意味がわからないよ。小春ちゃん、この人と知り合いなの?
小春:そう。この人は、私の知り合いの、ちょっと元気な人よ。悪気はないから安心して。
横山弟:そうだぞ、タダシ。俺は兄ちゃんを助けるために、今すごい特訓をしているんだ。
タダシ:特訓って、アイスを手づかみで食べる特訓か何か?
横山弟:違う。それはもうできるからいいんだ。俺の特訓は、小春ちゃんにカプッって噛んでもらって、最強のアイスクリームに変身する特訓だ!
タダシ:変身? カプッてアイスって、カップアイスじゃないのか? それでも、何を言っているのかわからないけど。
小春:タダシさん、もう知ってるでしょう? 私、人をカプッて噛むと、その人が心の中で一番なりたい姿に変身させちゃうのよ。タダシさんは、私そっくりになったのよね、うふふ。
タダシ:あ、あの恐怖の時間、思い出したくもないよ。急に身体が下からスースーして、自分の顔が小春ちゃんになっていたなんて、新手のドッキリかと思ったよ。
横山弟:なんだ、タダシは小春ちゃんになれたのか。俺は、さっき電気屋に置いてあったカラーテレビのコマーシャルで見かけた、トリプルチョコレートスペシャルって最高のアイスになりたいんだ。小春ちゃん、お願いだ、俺の首筋をカプッってしてくれ。
小春:うーん、能力を連続で使うと少し疲れるのだけど、弟さんの熱意に負けちゃうわね。それじゃあ、いくわよ。
タダシ:ちょっと待って、小春ちゃん。こんな公共の場所でそんな怪しいことをしたら、お店の人に怒られるよ? それに、もしこの人がこの人っぽい巨大なアイスになったら、この狭い喫茶店がアイスで埋まってしまうよ?
横山弟:大丈夫だ、タダシ。俺の想像力は今、完全にチョコレートで満たされている。溶ける前にやってくれ。
タダシ:大丈夫って言葉の使い方、間違ってるよ。まったく大丈夫じゃないじゃないか。
小春:じゃあ、いくわね。
タダシ:小春ちゃん!
小春:カプッ!(小春、横山弟の首筋を軽く噛む)
(直後、パッと白い煙がテーブルの周りに立ち込める)
タダシ:うわあ、あの時と同じ煙だ。アイスになるって、どうなっちゃうんだ?
(煙が晴れると、横山弟の姿が消えている。代わりに、テーブルの上には小さな、昭和の古い家庭用テレビの形をしたプラスチックのおもちゃが置かれている)
タダシ:あれ? アイスじゃないよ。これ、ただの古いテレビのおもちゃじゃないか。
テレビ(横山弟の声):あれ。おかしいな。俺、アイスになれなかった。どうしてだ?
小春:あら、弟さん、テレビになっちゃったのね。もしかして、アイスを食べながら、頭のどこかで別のことを考えていたんじゃないかしら。
テレビ(横山弟の声):あ、そういえば、電気屋に置いてあったテレビが欲しいなって思ったんだ。
タダシ:なんて単純な脳みそんだ。アイスになりたいと言っていたのに、アイスを映してたテレビの印象に負けるなんて、ポンコツそのものだね。
小春:でも、とても可愛いテレビよ。タダシさん、チャンネルを回してみて。
タダシ:僕が回すの? あれ、画面は砂嵐のままで、ザーという音しかしないよ?
テレビ(横山弟の声):うわあ、タダシ、そこを触られるとくすぐったい。やめてくれ、わははは、あははははははは。
小春:ふふふ、面白い。新発売のおもちゃみたい。
タダシ:デザインは古臭いけどね。小春ちゃん、これ、どうやって元に戻すの? それとも質屋に持ってく?
小春:時間が経てば、エネルギーが切れて自然に元に戻るわよ。それまで、このテレビを囲んで一緒にナポリタンを食べましょう!
タダシ:テレビとナポリタンを食べるだなんて、人生で初めての経験だよ。はぁ、今日もやっぱり、僕のデートはトラブル続きだ。
小春:大丈夫よ、タダシさん。トラブルが多い方が、退屈しなくて楽しいわ。ね、弟さん。
テレビ(横山弟の声):そうだぞ、タダシ。俺たちは全員ポンコツ仲間だ。これからもよろしくな!
(幕)
作・千早亭小倉





