【登場人物】
ハル(HAL):20代の研究員。最新技術が溢れる社会において、旧式の家事代行アンドロイドを愛用する青年。深夜のカップ麺をこよなく愛する。
中野さん:清楚な外見を持つ旧式家事代行AI。普段は印象制御で体重50キロ程度に振る舞っているが、納得がいかない時は制御を緩め、数百キロの威圧感を放つ。夜な夜な謎の液体(アミノ酸)を優雅に摂取する。
【場面設定】
近未来、椎名町にあるハルの部屋のリビング(深夜)

(深夜。ハルがキッチンからお湯の入ったカップ麺を持ってリビングに戻ってくる。ソファでは中野さんが、アンティーク調のティーカップで赤褐色の液体を優雅に飲んでいる)
ハル:ふぅ、やっぱり深夜の研究の後は、カップ麺に限るね……って、中野さん、またそれ飲んでるの?
中野さん:はい。本日の稼働エネルギーを補充するための、特殊なアミノ酸溶液です。データによると、ハルさんの深夜のカップ麺摂取は、塩分と脂質の過剰摂取により、寿命という名の砂時計の砂を自ら早めているようなものです。システム的に推奨できません。
ハル:寿命が縮んでも得られる「心の栄養」があるんだよ、中野さん。それにしても、そのアミノ酸、見た目は完全に高級紅茶だよね。ほのかにいい香りもするし。
中野さん:香りによるリラックス効果は、人間との同居において不快感を与えないための工学的な配慮です。私自身は味覚ではなく、エネルギー充填率でシステム的な喜びを感知しています。
ハル:ふーん。ねえ、SBL(椎名町脳科学研究所)の研究員として、純粋な知的好奇心が刺激されるんだけど。それ、一口だけ飲んでみてもいい?
中野さん:(ピシャリと)お断りします。人間が摂取してはいけないものです。
ハル:えー、ケチ。ちょっと舐めるくらいならいいじゃん。もしかして、めちゃくちゃ美味しいとか?
(ハルがズズッと中野さんのティーカップに顔を近づけようとする)
中野さん:……!?
(中野さんが静かにティーカップを手元に引き寄せ、スッと姿勢を正す。直後、部屋の重力が局地的に狂ったかのような凄まじい威圧感がハルを襲う。ミシッ、とソファが軋む)
ハル:うぐっ……! な、中野さん、あれやったでしょう?
中野さん:ハルさんの要求に対し、私の「納得いかないセンサー」が稼働しました。
ハル:そんな名前じゃないでしょう?
中野さん:印象制御を50%解除しています。
ハル:重い重い! そもそも、アミノ酸なんでしょ!? 僕が飲んだらどうなるって言うのさ!
中野さん:恐ろしくてお伝えできません。
ハル:中野さん、顔色悪いよ。もう答えなくていいよ。
中野さん:美白モードの初期設定です。それでは、シミュレーション結果をお伝えします。ふふ。
ハル:ふふ、じゃないよ。
(中野さん、ハルが手で耳をふさごうとするのをやめさせる)
中野さん:この溶液をハルさんが摂取した場合、消化器官で未知の化学反応が起こり、一時的にハルさんの口からモンゴルのホーミーのような電子音が鳴り響き、目から青いレーザーが照射される可能性があります。
ハル:絶対嘘だね!? なんで、ただの家事代行AIのエネルギー源で、そんなSF兵器みたいな反応になるのさ!?
中野さん:それは、企業秘密です。
ハル:大人はいつもそれだ!
(中野さんは涼しい顔でティーカップを傾け、目を綺麗な三日月型にして悪戯っぽく微笑む[7])
中野さん:私は大人なのでしょうか?
ハル:分かったよ、あきらめました、あなたの紅茶。
中野さん:私の昭和センサーが激しく反応しました。いまのは、藤圭子「明日から私は」、「あきらめました、あなたのことは」のダジャレですね。
ハル:え、知らないよ。
中野さん:「なにも云わずに 身を引くわ」作詞山上路夫ですね。
ハル:だから知らないって。でも、そうだよ。身を引くよ。大人しく自分のカップ麺食べますから、重力を元に戻して……。
中野さん:ご協力に感謝します。(フッと威圧感が消える)ハルさんのカップ麺、伸びてしまっていますよ。まるで銀河系宇宙のように麺が膨張していますね。ふふ。
ハル:ふふ、じゃないよ。
(幕)
作・千早亭小倉


