【登場人物】
花野 環奈:ここあん大学院生。古生物学を専攻。万物を地質学的なスケールで捉え、人間の悩みを誤差として処理する。
金田エリ:ここあん大学院生。進化心理学と行動経済学を専攻。己の強欲を生物学的な生存戦略で正当化する強欲クイーン。
平泉 慧:ここあん大学院生。理論物理学を専攻。エネルギー保存の法則を遵守し、無駄な動きを極端に嫌う究極の省エネ主義者。
【場面設定】
ここあん大学早稲田サテライトキャンパス地下一階。学生ラウンジ「アンコンフォーミティ」。年代物のテレビから、自然科学系のドキュメンタリー番組が流れている。

テレビのナレーション:深海の暗闇の中でオスはメスに噛みつき、やがてその体を同化させていくのです。
花野環奈:(テレビ画面を見つめながら)オスのチョウチンアンコウは、メスに噛み付いて自らの血管を癒着させ、最終的に精巣だけの存在になるのよね。深海という極限環境において、個体の生存より種の保存を優先した究極の最適化よ。無駄な自意識なんて、進化の過程におけるただのデブリだわ。
金田エリ:(自分の爪を手入れしながら)それでいえば、カマキリのメスも素晴らしいわね。交尾の最中にオスの肉体を自らの栄養として速やかに回収し、次世代への投資というリターンを最大化している。無駄な感情労働を省き、相手の全リソースを搾取し尽くす。これぞ進化心理学における利己的行動の極致、完全なるナッシュ均衡よ。
平泉慧:(ソファに沈み込み、絶対静止の姿勢のまま眼球だけを動かして)いや。肉体を物理的に捕食・消化するプロセスは、熱力学的にエネルギーの変換効率が悪すぎる。最初から液状化して直接取り込むシステムを構築すべきだ。
環奈:(目を輝かせて)それよ! 消化器官のロスを省いて、分子レベルで直にメスの組織の一部になる。それこそが私たちが目指すべき、真の「結合」よね!
エリ:(深く頷き、満面の笑みで)ええ。個体のエゴをすべて排し、ただ遺伝子の器として一つに溶け合う。これほど合理的で、美しく純粋なプロポーズが他にあるかしら?
(環奈とエリが、学術的な真理に到達した喜びで、無邪気にケラケラと笑い合う)
慧:(二人には加わらず、ただ目を閉じて、エネルギーを消費しないよう小さく一度だけ頷く)
(幕)
作・千早亭小倉
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