コント「イケボんのう」

【登場人物】
鴨下 留美子: 劇団「かもかも」の演出家。元伝説の文芸編集者。
小林道照:長野の寺の副住職。むかし、落語家としてここあん村に暮らしていた。当時の名前は、酔酔亭馬楼すいすいていばろう。今日は、なぜか声優のレッスンに巻き込まれている。
赤井 葵: 劇団「かもかも」の実力派女優。ストレートなツッコミ役。
南花さざんか おちば: 劇団「かもかも」の女優。真面目だが感覚が少しずれている。

【場面設定】
小古庵アトリエ村の公民館。劇団「かもかも」の稽古場。 道照が丸めた台本を握らされ、部屋の中央に立たされている。

小林道照:(少し喉を鳴らし、深く響くバリトンボイスで)「おい、大丈夫か!」

鴨下留美子:(パイプ椅子から立ち上がり、冷酷に)スト〜ップ。全然、ぜ〜んぜん、ダメ。

道照:えっ。今のは結構、腹から声が出たと思うんだけど。

留美子:出ているのは声だけよ。今の「大丈夫か」は、休日の朝に淹れたてのコーヒーを差し出すテンションね。目の前で仲間が銃弾に倒れて、命の火が消えかかっているのよ?

道照:いや、俺、関西弁が聞こえたから、おはぎはんがいるのかなって、ちょっと覗いただけで。おはぎはんはいないみたいだし、なんでか声優の真似事させられてるし。

赤井葵(おはぎはんを思わせる関西弁の主):ほんまやで。留美子さん、道照さんに無茶言わんといてくださいよ。ただでさえこの人、落語家時代も、寺の法話でも、噛みまくりスベりまくりなんやから。

留美子:だからよ。落語も法話も、声一つで情景を立ち上がらせるものでしょう。今のままじゃ、道照のはなしは一生、聞き手の心臓を抉ることはできないわ。表現の幅を広げる訓練よ。道照、もう一度。肺の底から絞り出すような焦燥感を乗せなさい。

道照:肺? 腹じゃなくて? (姿勢を低くし、切迫した表情を作り、再び深く艶のあるイケボで)「お、おい! しっかりしろ! 大丈夫か!」

留美子:(目を見開く)あはは、あはははは。(笑っていない)ふざけてるのよね?

道照:真面目も真面目、大真面目!

留美子:絶望的に緊迫感がないわ。あなた、今すぐペンタ(ここあん村奥地にある謎の高層建築)の階段を十往復走ってきなさい。本物の息切れと心臓の軋みがどんなものか、身体で理解してからもう一度口を開きなさい。

道照:ペンタの階段って、何階建てだと思ってんですか! リアルに死んじゃうよ!

南花おちば:(台本を両手で持ち、少しうっとりした表情で)でも、留美子さん。道照さんの今の声、すごく良かったです。

:おちば、あんた何言うてんの。

おちば:だって、あんなに低くていい声で「大丈夫か」って言われたら、なんだかすごく安心しちゃうっていうか。死にそうな場面なのに、コーヒーの湯気といっしょに天にのぼっていけそう。

留美子:だからダメなんじゃないの! 絶体絶命のピンチで安心させたら、そこで物語が死ぬでしょうが!

:ほんまやで! そこは「アカン、もう死ぬ!」(すごい瞬発力、留美子もうんうん頷く)って思わせなアカンねん! なんで致命傷負うてるのに、エステ帰りみたいにリラックスせなアカンねん!

道照:俺のせいじゃねえだろ。声帯の作りが生まれつき良いんだから。

留美子:その無駄にいい声帯、質屋に入れてきなさい。

道照:え、質屋できたの?

留美子・葵:ものの例えです。

おちば:え、質屋できたの?(道照の声をまねる)道照さん、その声で「ちいにゃんです」って言って。

道照:「良い子のみんな、ちいにゃんです」

おちば:きゃー。

留美子:いい声のゆるキャラ、それはそれで……。

:無い無い無い。

(幕)

作・千早亭小倉

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