よいしょ、よいしょ、しゅっしゅっ。
よいしょ、よいしょ、しゅっ。
かんたは小さな移動図書館車。今日も決められたルートを、決められた速度で走っていく。道の脇には、閉鎖された工場の錆びたフェンスが、どこまでも続いていた。
フェンスの破れ目から、子どもたちが工場の敷地に入り込んでいるのが見えた。そこは彼らの遊び場なのだ。工場は、かんたの決められたルートからは外れている。今日のかんたの仕事は、この先にある住宅地の子どもたちに本を届けることだ。
ある日、かんたは工場のフェンスの向こうに、奇妙なものを見つけた。
レンガの壁にもたれかかるようにして、一体の古い作業用ロボットが座っていたのだ。塗装は剥げ落ち、関節は錆びつき、頭のランプは割れている。もう二度と動くことはないだろうと思われた。
子どもたちは、そのロボットを「てつお」と呼んでいた。
ある子は、てつおの足に小石をぶつけて音を楽しんでいる。ある子は、てつおの腕に巻きつけた蔦を引っ張って遊んでいる。てつおは、ただの動かない鉄の塊だ。風景の一部であり、子どもたちの動かない遊び相手だった。
かんたは、その光景から目が離せなかった。
(ぼくも、いつかこうなるのかな)
タイヤが動かなくなって、エンジンが冷え切って、物語を届けられなくなったとき。子どもたちの声が聞こえない、ただの鉄の箱になったとき。かんたのからだの奥深く、今まで感じたことのない冷たいものが、きゅうっと固まった。
次の巡回の日。かんたは、「よしっ」と思った。
いつもは立ち寄らない工場のフェンスの前で、ゆっくりと停車する。そして、いつもの子どもたちが集まってくると、一冊の本を見せた。それは、勇敢なロボットが、友達を守って活躍する物語だ。
かんたは何も言わない。本を見せるだけ。それが、かんたにできる唯一のことだったから。
子どもたちは、目を輝かせてその本を奪い合うように読みふけった。
かんたの心臓が、とくん、と期待に跳ねた。これで、あの子たちも、てつおに優しくしてくれるかもしれない。
数日後、かんたは信じられない光景を目にした。
子どもたちは、いつものようにてつおの周りに集まっていた。でも、なにかが違った。
「てつおを、本物のヒーローにしてやろうぜ!」
一人の子が叫ぶと、みんなが「おおー!」と歓声をあげた。
彼らは、どこからか見つけてきたペンキで、てつおの体に派手な色を塗りたくっていく。動かない腕を、無理やりもぎ取って、代わりに木の枝を差し込んだ。「こっちのほうが強そうだ!」と笑いながら。頭には割れたバケツを被せ、マントだと言ってぼろ布を巻き付けた。
かんたの差し出した「善意」は、かんたの知らない形で実を結んでいた。子どもたちは、本物のヒーローを創り出すことに夢中だった。静かに朽ちていくだけだった「てつお」の大切なものを、こなごなにしていることに、子どもたちが気づくはずもなかった。
かんたは、動けなかった。声も出なかった。
自分がしたことの結果を、ただ見つめることしかできなかった。ブレーキがきしむような痛みが、胸の奥で鳴り響いていた。正しいことをしたはずだった。なのに、何かが、どうしようもなく間違ってしまった。
やがて、子どもたちはヒーローづくりに飽きた。
てつおは再び放置された。以前よりもずっと奇妙で、痛々しい姿で。ペンキは垂れ、木の枝の腕はだらりと垂れ下がり、バケツの兜だけが、てつをの空ろな表情を隠していた。
かんたは、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
もう、ここへ立ち寄ることはない。
帰り道、かんたの体は、いつものように本の重さで沈んでいた。でも、かんたには、その重さの意味が変わってしまったように感じられた。
おしまい
作・鴨下栞




