【登場人物】
芳野 結衣:ここあん村立図書館のアーカイブ担当。知的な理屈屋だが不器用。動揺すると無意識に物を五十音順に並べ替えてしまう癖がある。
岸辺 義道:映画監督志望の大学生。寺の息子。斜に構えているが、美しい映像の構図には敏感。口調はエセ関西弁。
【場面設定】
午後7時のここあんクリーンセンター。

(芳野結衣が、大量の古い図書カードの束を抱えてやってくる。バランスを崩し、カードがバラバラと地面に落ちる)
芳野結衣:ああっ、もう……。
(そこへ、古い半紙の束を抱えた岸辺義道が通りかかる。無言でしゃがみ、カードを拾うのを手伝う)
芳野結衣:ありがとうございます。ここ、7時までだから焦ってしまって。
岸辺義道:間に合うやろ、まだ7時15分やし。それより、紐の縛り方、甘いで。これじゃすぐ崩れるわ。
結衣:いえ、7時までという決まりなら、それを守らないと、働いている方もご迷惑でしょうし。あ、いえ、違います。反論ではないです。不器用なことは認めます。
義道:ほら、貸してみ。俺が縛ったるわ。
(義道、手際よく紐を結ぶ)
結衣:助かります。
義道:(立ち上がり、ふと空を見上げて)それにしても、今夜は月が綺麗やね。
結衣:(ビクッとして後ずさる)えっ!? あ、あの、せっかく親切にしていただいたのに恐縮ではありますが、そのお気持ちは受け取れません!
義道:へ? 月の話やで? あんたが、この月を綺麗やとは思わんってのは勝手やけど、それなら、俺が月を綺麗って思うのだって勝手やろ?
結衣:勝手とかじゃないです。言葉って、受け取った人がどう思うかが一番大事だと思います! このタイミングでそのセリフは、どう考えても……夏目漱石のあれですよね!?
義道:漱石のあれ? 何言うてんの。俺はただ、あの電柱と月の重なり具合が、ええ構図やなと思っただけや。
結衣:発した側の意図なんて関係ないんです。受け取った私が「そういう意味」だと思ったら、それはそういう意味になっちゃうんです! アーカイブの原則でもそうです! 作者の意図がどうであれ、読者がどう分類するかで本の居場所は決まるんです!
義道:(結衣の持っていた図書カードを見て)あんた、図書館の人やろ? 図書館の蔵書カードの分類がどうって話か?
結衣:こ、これは私物です。読んだ本、買った本をカードにしていたのですが、ついにデジタル化に成功し……。
義道:ああ、あんたが本の虫ってことはわかった。でもな、あんたのその理屈はおかしくないか? 言葉は発した側の意図がすべてやろ。あんたが勝手に恋愛のフラグ立てといて、エラー出たからって俺のせいにすんなや。
結衣:フラグなんて立ててません! 私は一般教養としてのパターン認識をしただけです! 午後7時過ぎにふたりきりの男女のどちらかがそのセリフを言えば、99パーセントはそういう意味に分類されるんです!
義道:俺は残りの1パーセントの、ただ構図を褒めただけの男や。図書館のお姉さんが勝手に99パーセントの方に分類して、ひとりで赤うなってんのやろ。師匠(住職)の書き損じを捨てに来ただけで、えらい目に遭うたわ。
結衣:あ、あなた、お寺の……。いえ、違います。私、赤くなってなんかいませんから! ただ、情報伝達のエラーを指摘しただけで。それより、またカードが……あ行に片岡義男が混ざってる。あ、井上靖が井上ひさしの前に来ちゃってる。
(結衣、落ちたカードを拾い集めながら、無意識に著者の五十音順に並べ替え始める)
義道:おま、なんでゴミに出すカードをあいうえお順に並べ直しとんねん。
結衣:情報の秩序が乱れているのが……いえ、違います。ちょっと、そこ押さえてください!
義道:はいはい。(十字に結んだ紐の中心を指で押さえる)あんた、動揺すると早口になって、手元のもん並べ替えるタイプやな。
結衣:分析しないでください! 私はただ……。
義道:で、図書館のお姉さん。結局どっちなん?
結衣:だから、受け取れませんってば!
義道:ちゃうわ。俺の気持ちとか漱石とかどうでもええねん。ただの景色として、今夜の月、綺麗やと思うん? 虫としてどうかってことや。
結衣:(空をちらっと見てから、目をそらす)地面からだと……あの電灯の光が邪魔で、よく見えません。
義道:素直やないな。
結衣:それより、ひとつだけ訂正させてください。先ほど、あなたは、「ゴミに出すカード」と言いましたけど、ここをただの「ゴミ捨て場」だと思わないでいただきたいんです。
義道:え、クリーンセンターに変わりはないやろ?
(結衣のカードがあまりに大量で、まだふたりで片付け続けている)
結衣:ここは、役割を終えた物語や情報が、静かに「無」へと還るための……いわば、最後の儀式の場なんです。ここで古い紙を出す行為は、単なる廃棄ではありません。記憶を整理し、過去の自分を分類し直して、次のステップへ自分を更新するための不可欠なプロセスなんですよ。
義道:(目を丸くして)え、なんかうちの師匠(住職)みたいなこと言うな、あんた。
結衣:わかりますか? 不要なものを手放すこと。それはつまり、今の自分に必要なものだけを厳選して、未来の自分をより最適化するための——。
義道:(自分が持って来た半紙を広げる)この「本来無一物」を「無一文」って書き間違えたものもかいな?
結衣:本来というより、未来の話を私はしているのです。
義道:未来? じゃあ、ここまでのコントみたいなやり取りはどうなるねん。
結衣:コント?
義道:あんたとのやり取りを「笑い」にもせんまま、自分が前に進むために「処分」して「更新」せえってことか? 「岸辺義道というノイズはもう不要です。アーカイブから削除します」っていう、遠回しな……別れの宣告か!?
結衣:キシベギドウってそもそもだれですか? それがあなたなら、別れる前にまだ出会ってないです。私は、概念の話をしてるんです! ここまでの話を聞いてましたか、コントではなしに。
義道:今の流れで「古いものを捨てて新しくなる」なんて言われたら、だれだってそう思うわ! そこは、一期一会ちゃうんか? 漱石の月のお返しにしては、えらい重いジャブ打ってきたな!
結衣:ジャブじゃありません! あなたが勝手に私の話を「関係性」に変換しただけです! 私はただ、今日、私の手元から離れる、図書カードの……。
義道:「作者の意図はどうであれ、受け取った側がどう解釈するかが全て」って言ったばかりやろ! 今、俺はこれを「図書館のお姉さんによる寺の息子への決別宣言」として分類したんや!
結衣:不当! 断固、異議を申し立てます! データの再精査が必要です!
義道:再精査しても、この「捨てられた男」感は変わらんわ! 俺らは、なんで出会ってしまったんや。
結衣:それは、単に資源回収の受付日が今日だからですよ!
義道:もうええわ。あんたとの付き合いも、ここまでや。
結衣:だから付き合ってないです。
義道:「アーカイブ」の理屈に付き合うのはって意味や。
結衣:紛らわしいです。あなたが私の言葉に勝手な「文脈」を付与して自爆しているだけです!
義道:その「更新された新しい図書館お姉さん」とやらが、次に何をどう並べ替えるのか、ここで見させてもらうわ。
(紐掛けの十字の部分から手を離し、腕組みをする)
結衣:もう、勝手にして! いえ、違います、そこ押さえていてください。離さないで!
(はかったように、クリーンセンターの職員が現れ、声をかける)
職員:痴話喧嘩まだかかりそう? もうすぐ7時半だから、それ引き取らなくていいね?
(職員、にやにやしている)
(幕)
作・千早亭小倉




