箱庭コント「館長の夜間飛行」

【登場人物】
高島雅也
:ここあん村立図書館館長。正論の鎧を纏う完璧主義者。秩序と管理を何よりも重んじる。
ジカク:ここあん高校B組。大真面目に語るが、話しているうちに前提条件がコロコロと変わる天然系。
ラジオさん(仮称):図書館の返却ポスト脇に据えられた謎のアンティークラジオ。

【場面設定】
閉館後のここあん村立図書館、屋外。返却ポストの前。薄暗い街灯の下、高島がゴミ袋を手に、ポストの周りの落ち葉を几帳面に拾い集めている。そこへ、ここあん高校の制服を着たジカクが、1冊の本を抱えて歩いてくる。

ジカク:あ、図書館の方ですか? こんばんは。これ、返却期限が今日までだったので、ポストに入れに来ました。

(ジカク、抱えていた薄い文庫本を差し出す)

高島雅也:館長の高島です。こんばんは。(ゴミ袋を置き、時計を2度見、3度見してから本を受け取る)午後5時17分。閉館時間は過ぎていますが、本日中の返却ですので、ルール上はまったく問題ありません。そのために、当館ではこのように返却ボックスを設置しているわけですから。正しいご利用、ありがとうございます。

(高島、ジカクから受け取った文庫本の表紙を見て、眼鏡の奥の目を見開く)

高島:これは、サン=テグジュペリの『夜間飛行』ですね。

ジカク:はい。表紙に書いてある通りです。ここの図書館の西洋文学コーナーの隅っこで見つけて、なんとなく読みました。ロマンチックっぽそうなタイトルだったので。

高島:ぽそう、ですか。(文庫本を両手で大切に抱え、熱を帯びた声で話し始める)この作品の本質は、しかし、甘いロマンチシズムなどではない。

ジカク:え、そうなんですか?

高島:お読みになったのではないのですか?

ジカク:いえ、部屋に飾っているうちに、今日になってしまって。館長さん、良ければ、解説をお願いします。

高島:本来、利用者がお借りになった本の内容に踏み込むことはしないのですが。

ジカク:そうなのですね。でも、ぜひ。

高島:であれば。改めて、この『夜間飛行』ですが、これは、運行管理者であるリヴィエールが背負った、圧倒的な「責任」と「規律」の物語です。夜間飛行という死と隣り合わせの任務において、部下に情をかけて甘やかしてしまえば、それは即座に事故へとつながる。だから彼は嫌われ役を買い、冷徹な仮面を被って、厳格なルールを敷き続けた。それこそが、暗闇を飛ぶ飛行士たちの命を守る、唯一の「正しい秩序」だからです。私の館長としての孤独も、背景にはまさにこのリヴィエールと同じ理念があります!

ジカク:(高島の熱弁を真顔でじっと聞き、静かに頷く)なるほど。夜間飛行って、要するに夜に空を飛ぶってことですよね。でも、夜に飛ぶと、下の街の明かりが綺麗すぎて、パイロットが見とれたりしませんか? 街全体の電気を消して真っ暗にしたらどうでしょうか?

高島:どうでしょうかって。私は街の電気の話などしていない! これは、郵便飛行という社会的な任務を遂行するための、厳しいプロフェッショナリズムの話だ!

ジカク:郵便ですか。手紙って、大事な気持ちを送るものですよね。夜にポストへ投函すると、暗いポストの中で手紙が冷えて、せっかく書いた気持ちが消えてしまうかもしれないですね。配達する郵便屋さんも、暗いと表札が読みづらくて隣の家に配ってしまうかもしれませんし。手紙を出したり届けたりするのは、おひさまが出ている時間にするのが一番ですよ。

高島:気持ちが冷えて消えたりするか! それに、日が出ている間だけ働くなんて、そんな悠長なことを。一刻を争う時間的価値があるのだ! スピードこそが、近代の命だからだ!

ジカク:スピードですか。タイパにはうんざりなんですよ。何でも早ければいいっていうのは違いますよね。例えば、学食でカツカレーを注文して、注文した瞬間に目の前に出されたら、ちょっと怖くないですか? ちゃんと揚がっていないんじゃないかとか、誰かが注文を変えたので自分に回ってきたんじゃないかとか疑って、安心して食べられなくなります。館長さんは、注文して1秒で出てくるカツカレーを平気で食べられるタイプですか?

高島:カツカレーの仕込みの話はしていない! リヴィエールが背負った、完璧な秩序を維持するための、あの「深夜の孤独」の重みについて言っているのだ!

ジカク:孤独ですか。僕も昨日、自分の部屋で消しゴムをじっと見つめていたら、世界に僕と消しゴムしか残されていないような気がして、すごく静かな気持ちになりました。館長さんも、消しゴムになりたいんですか?

高島:(胃のあたりを急激に押さえ、額に汗を浮かべる)え? な、なぜ、私が消しゴムに? 私は今、リヴィエールという、強固な意志を持った指導者の話をしてい――。

ジカク:消しゴムは、誰かが鉛筆で書いた失敗を、自分の体を削ってなかったことにしてくれます。館長さんも、図書館のミスを、自分の体でゴシゴシ消してるんですか?

高島:ミス? 先月の予算書のことか? それとも昨日の選書会議の?(頭を抱え、ひざがプルプルと震え始める)ち、違う! 私は予算書のミスを体で消したりは――いや、消しゴムの話ではない! 私は、私はただ、図書館の完璧な管理体制を維持するためにだな!

ジカク:あ、もう門限なので帰ります。おやすみなさい、消しゴムさん。(ジカク、のんきに手を振って、暗闇の向こうへ去っていく)

高島:消しゴムさん?(深夜の静寂に取り残され、空になったゴミ袋を握りしめてへたり込む)なぜだ。なぜ『夜間飛行』の美学が、消しゴムの自己犠牲に変換されてしまうのだ。誰も、私が大切にする「規律の重み」を理解してはくれないのか。

ラジオさん:ピ、ガガッ。(返却ポストのすぐ横で、アンティークラジオの真空管がチカチカとオレンジ色に優しく灯る)どしたー? カブトムシ。

高島:(はっとして顔を上げる)ラジオさん?

ラジオさん:ピー、ガガッ。本日の寓話です。森の奥で、カブトムシは、誰も持ってくれない重くて硬いヨロイを背負って、暗闇のなかを一晩中歩いていました。他の虫たちはみんな寝てしまったけれど、カブトムシだけは、落ち葉の並びを1枚1枚、きれいに整えながら、ひとりでパトロールを続けていたのです。寂しいけれど、それが、カブトムシにとっての『夜間飛行』だったのです。気にするなよ、カブトムシ。

高島:(胸を熱くし、震える手で懐から柔らかいクロスを取り出す)君だけだ、ラジオさん。私の、この厳しい規律の裏にある、孤独な責任を理解してくれるのは。

(高島、ラジオさんの磨き上げられた木枠を、執拗に執拗に磨き始める)

ラジオさん:ピー。カブトムシの磨く手つきは、執拗です。まさに消しゴム。温度上昇を確認。カブトムシの私への愛着データを、さらに上書き保存しました。

高島:(顔を少し赤くしながら、磨く手を止めない)愛着ではない。これは、消しゴムとしての適正な使用手順だ。

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

箱庭コント
higashiboctokをフォローする
タイトルとURLをコピーしました