【登場人物】
おはぎはん:フリーライター。強い関西弁を話す、猪突猛進の「槍」。真田まるとは特別な絆で結ばれている。
真田 まる:「ものがたり屋」店主。柔らかな関西弁を操る詩人であり、おはぎはんを受け止める「盾」。
氷上 静:現代思想・文化批評家、ブックカフェ「シズカ」オーナー。世界を客観的に分析する「理性の番人」。
【場面設定】
椎名町三丁目の路地裏にある、蔦に覆われた古民家「ものがたり屋」の一階。おはぎはんによる静への取材が終わり、店主の真田まるが淹れた冷たいお茶のグラスが置かれている。

おはぎはん:今日は貴重なお話、ありがとうございました。でな、静先生はほんまに頭がええってことはわかったんやけど、ひとつ疑問があるねん。静先生は、自分は絶対間違わへんって思うて話してるように感じるんやけど。
真田まる:おはぎ、失礼やで。
氷上静:おはぎはん、それでは質問だけれど、あなたはいつも間違っていると思いながら話しているの?
おはぎはん:そうやない。というか、まさにそういうところや。静先生は、もしかしたら自分が言ってることが間違ってへんやろかとか、ほんまはよう知らんのやけどまあわかるところだけ盛って煙に巻いたろうとか、何か感じるんや。勘やけどな。
まる:あかん、失礼さが増しとる。
静:つまり、謙虚であれということかしらね。
(まる、冷たいお茶のグラスをトレイから下ろす。カラン、と氷が乾いた音を立てる。静がびくっとする)
まる:どないしはった?
静:いえ、この前、「からん?」っていう人とちょっとありまして。
まる:ああ、へんてこさんやね。ふふ、あの人おもろい人やね。
静:おもしろいにも、いろいろあるのはわかるけれど。あの人……あれは、人なのかしら。あ、ごめんなさい。話を戻しましょう。私はただ、事実に基づいた客観的な分析を記述しているだけ。それは文章でも、言葉を発するときも変わらないわ。そこに間違えることへの恐怖も、煙に巻く意図も存在しない。
おはぎはん:ほら、またそうやって難しい言葉で防壁張るやん! 「客観的」とか「分析」とか、要するに「私は賢いから間違わへん、文句ある奴は辞書引いてこい」って言いたいだけやろ?
まる:おはぎ、そんな言い方したらあかんで。静さんの難しい話を聞きすぎて、おはぎの頭の回路がおかしくなってもうたんやろね。
静:真田さん?
まる:静先生のお話、すごくかっちりしとって綺麗やね。でもな、先生の言葉を聞いてるうちに、なんや胸がキュッとなってきたんよ。だれにも土足で踏まれたくない大切な水たまりを、ずっとひとりで守ってはるみたいに見えてしもて。自分の柔らかいところが傷つかんように、あたたかい言葉のお布団を、何枚も重ねて掛けてあげてはるんやなぁって。
静:え? はぁ? えっ? ええと。
まる:おはぎがさっき「煙に巻く」って言ったやろ? その「煙」は、先生が自分の心を守るための一番やさしい嘘なんやない? 隠せない気持ちが、少しだけお布団の隙間から立ち上ってるって思うたら、なんや、愛おしうなってしもて。
静:お布団、殻。何より、愛おしいって何? 私が、自分の理性の限界を隠すために、言語を装飾していると?
おはぎはん:それや! まるの言う通りやわ! 静先生、そんなにカチカチに言葉で武装せなあかんほど、実はめちゃくちゃ寂しがり屋さんやったんやな! 「私の柔らかいとこ、触らんといて!」って、お布団にくるまってプルプル震えてる姿、想像したら、めっちゃ可愛いやん!
静:(静、顔を赤くし、テーブルに置かれたグラスの結露をじっと見つめる)失礼な。
まる:先生、もう無理せんでええんよ。その重たい言葉の鎧、ちょっとここに置いていきはったら? 温かいほうじ茶、淹れてあげるから。
静:ほうじ茶なんて要らない。私は、ただ、自分の知性を(静、指先で額の汗を拭い、逃げるように窓の外の景色を見つめる)不快だわ。私のロジックが、こんなにも優しく、跡形もなく、大福の中身みたいに溶かされていくなんて。
おはぎはん:あ、大福って言った! 静先生、お腹減って寂しいだけや! まる、大福も追加で頼むわ!
静:私は、大福など。
まる:ええよ。おはぎ、おはぎ言ってたから、先生、甘いもんが欲しくなりはったんやろ。ついでや、おはぎの分のコロッケも、一緒にあっためてあげるからな。
おはぎはん:やった。
静:待って。待ちなさい。大福もコロッケも、ものがたり屋のメニューにないものでしょう?
おはぎはん:ほら、もう先生、顔が赤うなって、いつもの冷たい顔どこか行ってしもてるやん! コロッケも一緒に食べよ。
まる:ふふ。でも、怒ってはる先生も、夕焼けの空みたいできれいやね。
静:(深くため息をつく)やめて。私の存在を、あなたたちの無防備な言葉で、勝手にハッピーエンドにしないで。へんてこさんより始末におえない。
(幕)
作・千早亭小倉






