【登場人物】
徒然士:文芸評論家。完璧な様式美と風情を重んじ、古風な言葉の響きに胸を焦がす。
菜箸かな:フリーランスの翻訳家。言葉の機微を愛しつつ、生活の実感とユーモアを忘れない。
辻さゆり:フリーランスの校正者。感情を交えず、文章の事実と正確さのみを追求する。
【場面設定】
昼下がりの喫茶「小古庵」。カウンターの隅に分厚い中型国語辞典が開かれている。外は曇り空。

徒然士:かな君、見給え。この辞書に並ぶ「心」の連なりを。実に奥ゆかしく、美しいではないか。
(徒然士は開かれた頁を太い指先で慈しむようになぞる)
菜箸かな:ふふ、先生、相変わらず大げさですね。どれどれ、と。(徒然士の前の国語辞典を覗き込む)ええと、「心の秋」「心の雨」「心の池」――わあ、本当。ぜんぶ「心」が頭についてる。「心の鬼」、「心の杉」、「心の山」なんてのもありますね。
徒然士:どうだ、大げさでもなんでもないだろう。「心の雨」とは内に秘めた涙のことであり、「心の秋」とは人の情の冷めゆく哀愁を指す。平安の歌人たちが胸の震えを託した、極上の雅語、歌語の数々だよ。
かな:綺麗ですね。でも、普段の生活ではまず使わないかな。夕飯の買い物に行って、白菜の値札を見て、「心の雨」なんてつぶやいたら、八百屋のおじさんに「天気予報で何か言ってたかい?」って、心配されそう。
徒然士:そこが良いのだよ。これらはみな、死語というわけでもなく、古語と切り捨てることもできない。「心の」のあとに続くのは、今もよく使う言葉ばかりだからな。それが、「心の」と付いただけで、日常の泥臭い会話から一歩引いた、文語的表現としての孤高の佇まいを得る。この控えめな陰影こそが日本語の様式美なのだ。
辻さゆり:低頻度語。(隣の席で赤ペンを置き、静かに顔を上げる)みな、低頻度語ですね。
(徒然士の指が辞書の上でピタリと止まる)
徒然士:――てい、ひんどご?
さゆり:そうです。使用頻度が低い言葉。現代日本語の書き言葉、話し言葉の大規模データにおいて、使用実態が極端に少ない語彙。要するに、滅多に使われない言葉です。
徒然士:滅多に、使われない、言葉だと! 君、それはあまりにも風情というものを欠いた言い草ではないかね!
かな:ふふ、さゆりさん、バッサリいきましたね。「低頻度語」なんて言われると、急に役所の倉庫の奥にしまわれた段ボール箱みたいな響きになるから不思議。
さゆり:不思議なことは何もありません。事実の分類です。その辞書に並ぶ語の多くは、現代の一般的な原稿において、読者の理解を妨げる不要な装飾として赤字対象になりやすい「群」です。
徒然士:何が、「群です」だ! 装飾だと? 魂の機微と呼びたまえ! たとえば永井荷風には、『心の影』という作品があったではないか。
さゆり:ありません。
徒然士:――は?
さゆり:永井荷風の著作に『心の影』という作品は存在しません。それは、荷風が文学の師と仰いだ、広津柳浪の作、または、荷風と同時代の作家である正宗白鳥の『ある心の影』が、先生の記憶の中で混ざりあったのではないかと。
徒然士:な、なんだと……!
かな:あはは、先生、自信満々に出した例えがファクトチェックで即座に落ちてる。心の渦潮状態ですね。
徒然士:ぐ、ぐぬぬ……! ま、紛らわしい! ではこの「心の草」はどうだ!
かな:えっ、『心の影』は、もういいんですか?
徒然士:それはもうミソがついたからいいのだ。「心のミソ」がな!
さゆり:「心の味噌」という語はありません。使用例があっても、辞書の見出し語として採用されることは、当面ないと思われます。
徒然士:だから「心の草」はどうだと言っているのだ。とんだ遠回りだ。「心のお散歩」だ。さあ、どうだ、「心の草」は? 「心の中に生い茂るあれこれの思い」を草に例えた、この繊細な手触りが君には分からんのか?
さゆり:分かる、分からないの話はしていません。庭の雑草なら抜くべきですし、原稿の余計な言葉なら削るべきです。放置すれば可読性が下がります。
徒然士:雑草と一緒に抜くな! 千年の歴史を持つ歌語を、庭のドクダミみたいに引き抜いてゴミ袋に入れる奴があるか!
かな:ドクダミは古くから「十薬」と呼ばれて、多くの効能を持つ万能ハーブとして重宝されてきたんですよ。まあ、あの繁殖力を考えると、土の中に防根シートを植え込むか、鉢植えに植え替えて管理するのがおすすめですね、先生。
徒然士:だれも、ドクダミのことなど話しておらんわ。「心の草」だ!
かな:ふふ、そうでしたね。私、さゆりさんの言うこともちょっと分かるかもしれません。もし友達から「昨夜から心の草が生い茂って眠れないの」って連絡が来たら、笑い過ぎて眠れないのかなって思っちゃう。で、除草剤のリンクをあとから送って、一緒に笑うんです。
徒然士:かな君、君は少し黙っておいてくれないか。私は、実用主義ばかりで言葉を測っていたら、人間の情緒は干からびた油揚げになってしまうと言っているのだ!
さゆり:油揚げにはなりません。辞書の編纂者がこれらの低頻度語を掲載し続けているのは、過去の用例が存在するという歴史的事実の記録であって、日常的な使用を推奨しているわけではありません。低頻度語は、低頻度語として棚の奥に静置するのが最も正確な扱いです。
徒然士:棚の奥に静置! なんと冷酷なラベリングだ! 「心の池」が泣いているぞ! 深く澄んだ思いを湛えた水面が、君のその冷たい一言でただの干上がった水たまりに成り下がったのだ!
さゆり:干からびた次は干上がったですか。先生、それは、水たまりというより、出現率ゼロコンマ数パーセントの観測値です。
徒然士:パーセントで「心」を語るな! ああ、嘆かわしい。雅もへったくれもない。ちょんまげが生えるどころか、根こそぎ抜けてしまいそうだわ!
かな:先生、落ち着いて。ほら、深呼吸、深呼吸して。
(かなが苦笑しながら、冷めかけたほうじ茶の湯呑みを徒然士の前に寄せる)
徒然士:落ち着いていられるか。これでは私の胸の奥にある高尚な憂いすら、ただの「低頻度な心理現象」として片付けられてしまうではないか。
さゆり:(落ち着いている)怒りによる血圧の上昇と発声の乱れは感じます。そして、これが原稿ならば、短く「激怒した」の5拍の文字に要約できます。
徒然士:要約するな! 赤字で削るのは簡単だろうが、君は言葉を扱うプロではないのかね! 削ってばかりいないで、この私の傷つき、荒れ果てた複雑な胸中を、何か風情ある「心のなんとか」で表してみたまえよ!
かな:あ、無茶振りした。
さゆり:(眉ひとつ動かさず、辞書と徒然士の顔をじっと見比べる)私の、語彙力と分類基準においてですか。
徒然士:そうだ。君の言う無味乾燥なデータではなく、この場にふさわしい言葉を絞り出してみろ!
さゆり:(数秒の沈黙の後、淡々と手帳を開いてメモを走らせる)出ました。
徒然士:ほう! 聞こうではないか!
さゆり:現在の先生の状態は、「心の不良在庫」です。
徒然士:……ふ、不良在庫。
さゆり:はい。使い道がなく、棚卸しのたびに減損処理を検討される状態を指す、きわめて正確な現代語です。
かな:あはは! 帳簿の上から完全に消されそう!
徒然士:そ、そんな言葉が載ってる国語辞典があるなら持ってきたまえ。話はそれからだ。
(幕)
作・千早亭小倉






