【登場人物】
古河 モン太郎:編集プロダクション「ぽんちょ」の社長。元演歌歌手で、思いつきと勢いで事業を動かそうとする豪快な小心者。
赤井 葵:劇団「かもかも」所属の女優。プロ意識が高く、感情表現がストレートな関西人。
南花 おちば:劇団「かもかも」所属の女優。「ちいにゃん」という、ゆるキャラの中の人でもあり、独自のメソッドを持つ。
鶴亀 昌子:編集プロダクション「ぽんちょ」の社員。超人的なタフさで仕事をこなす、冷静沈着な女性。
【場面設定】
平日の午後。ココアン村の雑居ビルにある編集プロダクション「ぽんちょ」の芸能部オフィス。リモートワークが中心となり、がらんとしている。
社長の古河モン太郎が、数少ない出社組である赤井葵と南花おちばを前に、熱弁を振るっている。
(オフィスにはモン太郎の趣味なのか、小さなスピーカーから微かに演歌が流れている)

古河モン太郎:いいか、二人とも! 時代はエーアーなんだよ、エーアー! 海の向こうのハリウッドじゃ、エーアー女優がスター様の仕事を奪ってるって話だ! これはビッグウェーブだぞ!
赤井葵:はあ……社長、また朝のワイドショー観て変な影響されたんとちゃいます? うちらには関係ない話ですよ。
モン太郎:関係なくない! むしろ、我々のような中小プロダクションにこそ、千載一遇のチャンスなんだ! そこでだ! 葵! お前を、我が社初の「エーアー女優」として売り出す!
葵:(持っていた台本を取り落としそうになりながら)はああぁぁ!? 社長、頭にウニでも詰まってますのん!? うち、人間ですけど!
モン太郎:分かってるわい! 人間だからいいんだろうが! 本物のエーアーなんて開発したら金がいくらあっても足りん! だが、お前がエーアーの「フリ」をすれば、開発費はタダ! ギャラはハリウッド級! これぞ、我が社が誇る錬金術……名付けて「なんちゃってエーアー大作戦」だ!
葵:作戦名がダサすぎますわ! というか、そんなもん一発でバレるに決まってるやないですか! 喋ったらバレる! 動いたらバレる! なんなら、息しただけでバレますよ!
南花おちば:(真剣な顔で腕を組み)……いえ、葵さん。社長のおっしゃること、一理あります。要は、役作り(メソッド)の問題です。
葵:おちばさんまで!? 正気か!?
おちば:AIになりきる……それはつまり、人間的な感情を極限まで削ぎ落とし、プログラムされた動きを完璧に遂行するということ。これは、ちいにゃんが子供たちの前で絶対に中の人の感情を見せない、あのプロ意識と通じるものがあります。
モン太郎:そうだ、そうだ! おちばくんは話が分かる! 役者だろうが、葵! 気合と根性でエーアーになりきってみせろ! エーアーの気持ちになれ!
葵:AIに気持ちなんかないでしょ! だいたい、どないしてなりきれ言うんですか!
おちば:(すっと立ち上がり)まず、瞬きを減らします。そして関節を意識した、カクカクとした動き。いわゆる「ポッピン」ですね。感情を表現する際は、顔ではなく、指先の微細な振動で表現するんです。喜びは1秒間に5回の振動、悲しみは……そう、3回の、ゆっくりとした震え。これが「絶望の肉球」の応用です。
葵:また肉球メソッド!? やから、AIに肉球はついてへんのよ!
モン太郎:よし、葵! ちょっとやってみろ! そこの台本の「愛してるわ、タケシ」ってセリフを、エーアーっぽく言ってみろ!
葵:(やけくそ気味に)……分かりましたよ、やればええんでしょ! (葵は一度目をつぶり、カッと見開くと、ぎこちなく首を動かす)
葵:(ロボットのような声色で)ア……イ……シ……テ……ル……ワ……タ……ケ……シ。 (言い終わると同時に、おちばに教わった「喜びの振動」として、両手をブルブルと高速で震わせる)
モン太郎:……違う! 全然違う! なんだその、感電した小動物みたいな動きは! もっとこう、魂がない感じだ! 心がこもってない感じ!
葵:心込めへんかったら、ただの棒読みになるだけですやんか!
モン太郎:そうだ、それだ! いや、違うな……。もっとこう、演歌でいうところの「こぶし」がない、平坦な歌い方だ! 分かるか!?
(モン太郎が身振り手振りを交えて熱弁していると、オフィスのドアが静かに開く)
鶴亀昌子:お疲れ様です。
(涼しい顔の鶴亀昌子)
モン太郎:お、おお、かめちゃん! 出社か!
昌子:サンテツです。
モン太郎:すごろくゲームか何かか?
おちば:社長、それ、3日徹夜! 昌子さん、3日徹夜のサンテツです。
昌子:(モン太郎と、ブルブル震えたまま固まっている葵、真剣な顔のおちばを順に見渡し)……あら、皆さんお揃いで。……まさかそれって、AI女優の真似か何かですか?
葵・おちば:(ギクッとして動きを止める)
モン太郎:なっ、なんで分かったんだ!?
昌子:(全く表情を変えずに)いえ、なんとなく。ただ、少し認識が違うかもしれません。ちいにゃんとは違って、AI女優というのは、役者さんが演じるものではなくて、コンピューターの中にだけ存在するデータのはずですよ。
(昌子はそう言うと、自分のデスクに向かおうとする。その言葉に、モン太郎は心の底から驚いたような顔で、大きな声を上げる)
モン太郎:えっ、そんな小さいんか!? エーアーって! パソコンの中に収まるくらいなんか!? さすがにハリウッドや、進んどる。
ナレーション:その場にいる全員が、モン太郎がAIを「着ぐるみ」か何かだと思っていたことを悟った。
(昌子は小さく肩をすくめ、葵は天を仰ぎ、おちばは「大きさの問題では……」と真剣に首をひねる。モン太郎だけが、壮大な勘違いに気づかず、一人で目を丸くしている)
(幕)
作・千早亭小倉







