【登場人物】
東山 キイロ:喫茶「小古庵」のアルバイト。没落したお嬢様で、常に自分のペースで生きる天然のクラッシャー。悪気はない。
神崎 一樹:ここあん高校の文芸部員。人間心理をデータ化して分析する論理の「怪物」(?)。
【場面設定】
少し古びた喫茶店。テーブルを挟んで、二人が向かい合って座っている。

東山キイロ:(コーヒーをすすりながら)ねえ、一樹くんさあ。
神崎一樹:(全く同じタイミングでコーヒーを置き、首を傾げる)ん? どうしたんですか、キイロさん。
キイロ:一樹くんさ、最近なんか、喋り方とか、持ってるカバンの色まで私に似てきてない?
一樹:(穏やかに微笑んで)そうですか? 自覚ないんですけど。
キイロ:似てるって。さっき私が「雨降りそうだな」ってため息ついた瞬間、一樹くんも全く同じタイミングでため息ついたよ。
一樹:ああ。それは、キイロさんが出した「宿題」のせいですよ。
キイロ:宿題? 私が?
一樹:「小古庵」で僕がカウンターに入ってたとき、「私の動き、完璧に真似できたらコーヒー奢ってあげる。一樹くんの宿題!」って言ったじゃないですか。
キイロ:ええ? 私、そんな宿題出したっけ? 全然覚えてない。
一樹:出しましたよ。母も横で聞いてたんで、証人ありです。
キイロ:志乃さんが、そう。(神妙そうにうなずく)
(一樹も、同時にうなずく)
一樹:だから僕は、キイロさんの行動を完璧に予測するために、思考システムをキイロさんに「同期」させたんです。
キイロ:予測して、同期? じゃあ、わざと真似してるの?
一樹:いえ、真似じゃない。予測して、同期です。(自分の手をじっと見つめる)でも、言われてみれば、僕も今、キイロさんに指摘されるまで、完全に自分がキイロさんと同じ思考になっていることに気づきませんでした。そこまでできる子だったとは、僕。
キイロ:一樹くん、もともと雨降ると「湿度がちょうどいい」って喜ぶタイプだったよね?
一樹:そうでしたっけ。思い出せません。
キイロ:自分の好き嫌いとか、普通忘れる?
一樹:忘れるんでしょう。一方向のミラーリングですからね。
キイロ:みらーりんぐ?
一樹:キイロさんっていうでっかい親機があって、そこに僕っていうちっちゃいスマホが毎日繋ぎにいってる状態です。そうすると、僕の古いデータはキイロさんの最新データでどんどん上書きされるんです。
キイロ:自分の記憶が消えるって、ホラーだよ!
一樹:もっと怖いのは、上書き保存だから「昔の自分」のバックアップがどこにも残ってないってことです。僕、自分がもともと何色が好きだったのかすら思い出せません。
キイロ:戻しなよ、元のデータに!
一樹:無理ですよ。元に戻すボタンなんてないから、一回同期したら終わりです。僕は最初から雨が嫌いで、カバンはピンク色で、この不味いコーヒーが好きな人間だったと思い込んで生きていくんです。
キイロ:(自分のコーヒーを見て)……これ、不味い?
一樹:(にっこり笑って)いいえ、美味しいですよ。キイロさんが美味しいって顔してますから。
キイロ:(ゾッとして、少し椅子を後ろに引く)ねえ、じゃあ私が明日「お腹痛い」って言い出したらどうするの。
一樹:わからないですけど、自然とチクチクなるんじゃないですか? 動きを完全に合わせるのが「同期」の鉄則ですから。あ、チクチクは僕が決めるわけじゃないです。痛み方としての、ひとつの例えです。
キイロ:頼むから自分のサーバー立ててよ。自立して!
一樹:(少し寂しそうに、けれど乾いた笑いで)でも、キイロさん。
キイロ:なに。
一樹:そうやって僕が自分を書き換えて、キイロさんにぴったり寄り添ってることに……キイロさん、ずっと気づいていませんでしたよね。
キイロ:(気まずそうに目をそらす)あー、まあ、一樹が積極的に寄せてきてるとまでは気づかなかった。
一樹:でしょ。「同期」させたほうは相手が繋がってることすら気づかないんです。だから僕は一人で静かに、過去の自分を消去し続けてきたんです。これ、ホラーっていうより、切ないバグだと思いません?
キイロ:(黙って冷めたコーヒーをすする)
一樹:(全く同じタイミングで、冷めたコーヒーをすする)
キイロ:(ニヤリと笑う)戻すボタンがないなら、昔のテレビの直し方するね!
一樹:え? テレビ……?
(キイロ、立ち上がり、一樹の背中を平手で思い切り強打する。「バンッ!」)
一樹:痛っ! ……何するんですか!
キイロ:あ、痛いんだ。私、いま全然背中痛くないよ。
一樹:(背中をさすりながら)痛覚は共有されていない。つまり、物理層でネットワークは完全に分断されている……?
キイロ:ほら、直った! 斜め45度から叩けば、たいていのバグは直るんだよ!
一樹:あまりにも乱暴なデバッグですが。確かに、昔の僕の自我が戻ってきました。
キイロ:よかった! じゃあ、宿題は不合格ね!
一樹:(ため息をつく)でも、コーヒーはおごってやろう……と?
キイロ:思ってないから。
一樹:お腹痛くなってきた。
キイロ:なってないから。同期失敗。
(幕)
作・千早亭小倉




