【登場人物】
徒 然士:劇団「かもかも」の座付き作家。完璧な様式美を信奉する。
鴨下 留美子:劇団「かもかも」の演出家。元・伝説の編集者。
南花 おちば:劇団「かもかも」の女優。ゆるキャラ「ちいにゃん」の中の人でもある。
【場面設定】
ここあん村の公民館の一室。劇団「かもかも」の稽古場。壁には鏡、床には立ち位置を示すテープが貼られている。演出家の鴨下留美子がお茶をすすっていると、徒然士が興奮した面持ちで書き上げたばかりの戯曲を手にやってくる。隅の方では、南花おちばが柔軟体操をしている。

(徒然士が、戯曲の原稿を鴨下留美子に見せつけるように、テーブルに置く)
徒 然士:できましたよ、留美子さん! 我が劇団「かもかも」の旗揚げ公演を飾るにふさわしい、完璧な様式美の結晶が!
鴨下 留美子:(ゆっくりと視線を上げ)あら、すばらしい。聞かせて、さあ、聞かせてちょうだいな!
徒然士:時代は1983年、舞台は原宿! 当時の若者たちの、刹那的で、しかし純粋な魂の交錯を描いた、珠玉の青春群像劇です! この、甘く、そしてほろ苦いノスタルジー! 我ながら、傑作としか言いようがない!
(柔軟体操をしていたおちばが、ぴたりと動きを止める)
南花 おちば: (恐る恐る)あの……先生。
徒然士:なんだね、おちば君。私の傑作のオーラに当てられて、言葉を失ったかね?
おちば:あ、いえ、その……それ、今度始まった三谷幸喜さんのテレビドラマと、丸かぶりだなあって。
徒然士:(表情が凍りつく)……な……なんだと?
おちば:面白いですよ。まだ第一話ですけど。バイキングの西村さんが最高で。
徒然士:(わなわなと震えながら)わ、私が……! この私が、あの喜劇作家の模倣をしたとでも言うのかね! 断じて違う! これは私の魂の泉から湧き出た、完全なる独創だ! 野暮の極みだ!
留美子:(騒ぐ徒然士を気にもせず、おちばに)おちばさん、そのドラマは、どんなお話なの? 聞かせて、さあ聞かせてちょうだいな。
おちば:はい。1984年の渋谷が舞台の青春群像劇なんです。
徒然士: な、な、なんと……。
留美子:あら。あちらが1984年で、こちらは1983年。あちらが渋谷で、こちらが原宿。……ふふ、なんだか、ちょっとずつ足りないというか、手前で降りちゃった感じね。
おちば:まあ、山手線も内回り・外回りどちらに乗るかで変わりますけどね。
徒然士:(強弁)ど、どっち回りでもいいわい! わ、私の戯曲の主な舞台は、原宿の「七分坂」という伝説の坂で……!
留美子:あら、面白そうじゃないの。ねえ、おちばちゃん?
おちば:(あちゃー、という顔で)いや……あちらのドラマは、渋谷駅から徒歩8分の「八分坂」がメインなんです……。
留美子:あらまあ、またちょっと足りないのね。徒然先生のも、原宿の駅から歩いて7分だから「七分坂」なんでしょう?
徒然士:違う! 登場人物が全員、七分袖のシャツと、七分丈のパンツを履いているからだ! その足りなさが、あの時代の欲望と飢えのメタファー……。
留美子:ああ、そうなの。てっきり、衣装代が高いから、布の面積を少しでも減らそうとしたのかと思ったわ。
徒然士:ああ、私の傑作『もしもこの袖七分なら、切った余りはどこにある』があああっ!
おちば:(手で口を覆う)……。
(絶叫する徒然士と、それを静かに見つめる鴨下留美子。南花おちばは、気まずそうに、その場を離れ、柔軟体操を再開する。稽古場の静寂に、徒然士の荒い息遣いだけが響く)
作・千早亭小倉






