【登場人物】
徒然士: 劇団「かもかも」の座付き作家。完璧な様式美を信奉する、気難し屋の文芸評論家。
おはぎはん: 面白そうなことには即行動の、猪突猛進型ジャーナリスト魂を持つライター。
【場面設定】
ここあん村の公民館の一室。劇団「かもかも」の稽古場。長机に向かい、徒然士が万年筆を片手に腕を組んでいる。その向かいに、おはぎはんがメモ帳を広げて座っている。

(おはぎはんが、期待に満ちた目で徒然士を見る)
おはぎはん:ほんで先生、次のFMここあんのラジオコントのテーマ、「どうでもいいケンカ」でお願いしたいんです! リスナーが「あるある!」って笑えるような、くだらなくて愛おしいやつ、お願いしますわ!
徒然士:ふむ。「どうでもいいケンカ」かね。実に深遠なテーマだ。一見、無価値に見える日常の摩擦にこそ、人間の本質、すなわち関係性の様式美が隠されている。いいだろう、この徒然士、腕が鳴るというものだ。
おはぎはん: さすが先生! 頼りになりますわ! どんなケンカがええでしょうね? 靴下の脱ぎっぱなしとか、シャンプーの詰め替えとか……。
徒然士:(おはぎはんの言葉を遮り、目を閉じて天を仰ぎ)見える。見えるぞ、おはぎくん。完璧な構図が。舞台は、とある夫婦の暮らすマンションの一室。夜。冷蔵庫の、冷たく青白い光だけがキッチンを照らしている……。
おはぎはん:(目を輝かせ)おぉ、ええ雰囲気ですやん!
徒然士:夫が仕事から帰宅する。彼が楽しみにしていたのは、妻が買っておいてくれた、一個100円のなめらかプリンだ。しかし、冷蔵庫を開けると…ない! プリンが、ないのだ!
おはぎはん:…………は?
徒然士:ん、1個108円、いや127円にするか。レシートは買い物カゴに宿るとも言うからな。そこで、夫は妻を問い詰める。「僕のプリンを食べたのかい?」。妻は答える。「あら、あなた、ダイエット中じゃなかったかしら?」。ここから、二人の間に存在するコミュニケーションの断絶、愛の不在という名の深淵が、一個のプリンを触媒として、鮮やかに炙り出されていくのだ! どうだね、この構造的な美しさは!
おはぎはん:(呆れた様子を隠しもせず、大きなため息をつき)先生。またプリンですのん?
徒然士: なにぃ? 「また」とはなんだね、「また」とは! 最初の感想がそれかね。今回のプリンは、前回の「スコーンの形而上学」におけるクリームとジャムの闘争とは全く次元が違う! あれは「存在」を巡る問いだったが、これは「不在」を巡る悲劇なのだ!
おはぎはん:いや、どっちも食べ物の恨みやないですか。この前、劇団かもかもの新人女優募集のコント書いた時も、結局、オーディションの課題が「プリンを巡る即興劇」でしたやんか。
徒然士:あれは役者の多角的な感情表現を引き出すための、計算され尽くしたメソッドだ! 君のような素人にはわかるまい!
おはぎはん:ほな、別の案、お願いしますわ。プリンやないやつ。
徒然士: よかろう。ならば、こうだ! 舞台は22世紀、宇宙ステーションの内部。二人の宇宙飛行士が、最後の食料である「宇宙プリン」を前に、互いの倫理観をぶつけ合う! これはもう、SFヒューマンコントの領域!
おはぎはん: プリン!
徒然士:ならば、時は戦国時代! 敵の城に忍び込んだ二人の忍び。殿様への献上品である、南蛮渡来の菓子「ぷりん」を前に、任務と食欲の狭間で葛藤する!
おはぎはん:だからプリン!! なんで、ケンカの核がぜんぶプリンなんです!?
徒然士:(心底呆れたように、おはぎはんを見つめ)君は、何も分かっていないのだな。いいかね、プリンという存在は、その完璧な円環、決して自らは崩れることのない甘美なまでの自己完結性、そして頂点に君臨するカラメルのほろ苦さ! まさに人生の、そして世界の縮図そのものではないか!
おはぎはん:(頭を抱え)あかん、もうプリンの話しか聞こえてきぃへん……。
徒然士:プリンを制する者は、コントを制するのだ! 日本のコントの47%はプリンネタだとも言われている!
おはぎはん:(何かを諦めたように、顔を上げ)分かりました。もう、ええです。プリンでいきましょ。
徒然士:(勝ち誇ったように)ふん、ようやく理解したかね。
おはぎはん: ええ。ほな、タイトルは『またプリンかよ』で、よろしゅうお願いします。
徒然士: (椅子から転げ落ちそうになりながら)なっ……! そ、それは様式美の完全なる放棄だ! 断じて認めん! 野暮! 野暮の極みだぁーっ!
(絶叫する徒然士を、おはぎはんは静かな目で見つめ、メモ帳に「タイトル:またプリンかよ(仮)」と書き加える)
作・千早亭小倉




