これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
運行日。風が冷たく、空気が針のように肌を刺す。受付は集会所の中に設けさせてもらった。私の体調管理(=運行計画の維持)のためにも正しい判断。
ロマコメ号のハッチも、今日は固く閉ざし、私なりの小さな防衛線を張っていたのに。
「おねえさん、外で遊ぼうよ」
集会所の中にいた保育園に通うカナちゃんが、私の長袖の先をためらいなく掴んで引っ張る。私の頭の中の索引カードが、『分類:司書業務』『項目:利用者の要求』と動き出すけれど、『要求:屋外での遊戯』は、該当なし。
でも、そんな私の戸惑いにカナちゃんが気づくはずもなく、小さな手が私を引っぱっていく。集会所のなかにいたお年寄りたちも「あらあら」と笑っているだけだ。「カナちゃん、よかったわね」という声も聞こえる。抗えない、あたたかい混沌。
そのままカナちゃんに引きずられながら外に。集会所と仮設団地の間の、アスファルトが敷かれた場所。端の部分が雑に切り取られ、粒の大きさが目立つ、不完全な地面。
カナちゃんが、仮設住宅の壁に並ぶプロパンガスのボンベのそばからバレーボールを持ってきた。
「トス、して!」
冷たい風が、私の髪をめちゃくちゃに乱す。バレーボールなんて、いつ以来だろう。私の仕事は、本を、秩序正しく利用者に手渡すこと。ボールを空中に「放る」なんて、私の秩序とは正反対の行為だ。
私が上げたボールは風に流されて、思った場所に届かない。カナちゃんが返すボールも子どもらしい力のないもので、慌てて一歩踏み出して足がもつれそうになる。
カナちゃんは、冷たい風なんて少しも気にしていない。私がトスを上げそこなっても、キャッキャと笑いながらボールを追いかける。
ミヒャエル・エンデの『モモ』を思い出した。モモが、ただそこにいて、子どもたちと一緒に遊ぶ時間。時間泥棒たちが「非生産的」だと切り捨てた、あの豊かな時間。今、この瞬間も、そうだ。私の計画では、この時間は「貸出業務」のはずだった。でも、私は今、業務日報に書けない時間の中で、息を切らしている。
「おねえさん、じょうず!」
私のもつれるようなトスに、カナちゃんが笑う。その声。冷たい風の中で、それだけが熱を持っていた。私の守ろうとしていた秩序は、この風の中では、なんて脆くて、冷たいものだったんだろう。それでも、ボールを追ううちに、強張っていた背中が、少しだけ温かくなっていた。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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