これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
ロマコメ号の書架を眺める、見慣れた影。その姿に、いつも少しだけ私の背筋が伸びる。活田地区で古書店を営む、古河佐助さん。アレのすぐ後からテント村で営業を再開され、今はもとの場所で、静かに店を開けていらっしゃる。この村の「時間」そのもののような人。彼の店に並ぶ古書が持つ、埃とインクの匂いが混じり合った静かな秩序を、私は密かに尊敬している。
佐助さんと、新興のきさらぎタウン に新しく書店ができるらしい、という話になる。私の頭の中の索引が、即座に『分類:NDC 368.7(書店)』『キーワード:新規出店、きさらぎタウン』とカードを弾き出す。
「まあ、ここあんの森を抜けて、池袋まで買いに行ってもいいんだけど」と前置きしつつ、佐助さんは、いつもの穏やかな顔でこう続けた。「街に本屋があるのは、やっぱりいいよね」
その言葉は、私の心の書棚の、予期していなかった場所に、すとんと収まった。古くからある佐助さんのお店(古書店・個人)と、新しいお店(新刊書店・おそらく資本系)、そして私たち(公共・移動式)。私の思考は、この三者の「役割分担」と「連携」の可能性について、業務日報の所見欄に書くような、乾いた分析を始めていた。
でも、佐助さんの言葉は、そんな分類とは違う次元にある、もっと温かいものだった。
ふと、ヘレーン・ハンフの『チャリング・クロス街84番地』を思い出した。ニューヨークの小さなアパートから、ロンドンのマークス書店へと、本を介して思いを馳せ続けた彼女。彼女にとって、その書店は、日常とまだ見ぬ豊かな世界とを繋いでくれる、確かな「扉」だったはずだ。
佐助さんの言葉も、きっとそういうことなのだろう。彼のお店は、アレで失われた物語を守り、未来へ手渡そうとする、かけがえのない「扉」。そして、きさらぎタウンにできるという新しい書店。あの計画的で、少し閉鎖的なニュータウンにも、新たな「扉」が置かれる。
佐助さんの穏やかな笑顔につられて、私も嬉しくなって、思わず口元が緩む。でも、「わあ、楽しみですね! 偵察行っちゃいますか?」なんて、はしゃいだ言葉は出てこない。ただ、この佐助さんの「扉」と、新しい「扉」、そしてこのロマコメ号という「走る扉」が、どうすれば人々の日常の、確かな「座標軸」 になれるだろうか。そんな、少しだけ堅苦しい、けれど大切な問いが胸に浮かぶだけだ。
佐助さんの言葉を、活動日誌の「定性的記録」 の欄に、そっと書き留めておこう。私の分類棚には、まだ収まりきらない、とても温かい宿題として。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/01/tops2.jpg)
