移動図書館日記(40)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

先日のHさんに続いて、新しいドライバーのUさんが仲間に加わった。ロマコメ号の運行は、司書だけでは成り立たない。ドライバーさんという、本とは別の「秩序」のプロフェッショナルがいてこそ、私たちは本を届けられる。 ドライバーのHさんは「陽気なベテラン」、そんな分類カードが似合う人。そして、新しく来たUさん。まだ分類カードは作れないけれど、彼もまた、Hさんと同じくらい「お話好き」という属性を持っているようだった。

業務に早く慣れてもらうため、Uさんの運転で村内を回った。

ステアリングを握るUさんと、助手席の私。話が弾む。話しているのは、Uさんがほとんどだけれど。それは、図書館のカウンター越しでは決して聞けない種類の、他愛のない、けれど生活の気配に満ちた言葉たちだった。その言葉の連なりは、まるで予定調和のない即興劇のようで。 ……そして、案の定というか、私たちは仮設住宅へ入る道を、見事に通り過ぎてしまった。

(昔の私なら、きっとここで慌てふためいて、自分の段取りの甘さを責めて、真っ赤になっていた。でも、今の私は……。ダメだ、笑ってしまいそうになる)

慌てて口元を引き結ぶ。

「すみません、Uさん! 私がナビを怠りました!」

「いやあ、まいったな!」

そう言って豪快に笑うUさんの声が、狭い車内に響く。

……秩序が、乱れた。完璧な運行計画。分類通りの巡回ルート。それが、ほんの数分、数メートル、雑談によって逸脱した。でも、不思議と、「あのこと」の後のような、足元が崩れるような恐怖はなかった。むしろ、車内に満ちたのは、気まずさよりも……あたたかい、とまどいのようなもの。この、予定不調和。これも、記録しておくべき「事実」だ。

ただ、どんなに車内の空気が陽気でも、あの場所を通るときだけは、別だ。アレで全てが変わってしまった、ここあん大学のキャンパスがあった湖沿いの道。

あれだけ饒舌だったUさんも、そこでは口を閉ざす。私も、流れる景色の中で、心の索引とは別の場所で、そっと手を合わせた。

世界は、こんなにも予測不可能なのに。私たちは、こんなにも簡単に道を間違えるのに。それでも、ロマコメ号は走る。HさんやUさんの、確かなハンドルさばきという「秩序」に守られて。

……ふと、宮沢賢治の『よだかの星』の一節を思い出した。醜いよだかが、ただまっすぐに星を目指して飛んでいく、あの姿。私たちは、よだかほど必死ではないけれど。道を間違えて、笑い合って。 それでも、本を待つ人の元へ、まっすぐに。

新しいドライバー、Uさん。彼が加わったことで、ロマコメ号の「秩序」は、少しだけ、あたたかく、賑やかなものに再編成されるのかもしれない。……それは、決して悪いことではない。日報の「特記事項」には、「運行ルート確認。異常なし」とだけ、書いておこう。 この、あたたかい「逸脱ポエム」は、ここだけの記憶にして。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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