移動図書館日記(47)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日 朝、6時。

ここあん村の山間に近い私のアパートの部屋まで、風に乗って村内放送のチャイムが届く。定刻通りに鳴る、日常の秩序の音。でも、その後に続く声はくぐもっていて、何を言っているのか判然としないことも多い。今朝は、比較的はっきりと聞こえた。「今日は、雨が降るでしょう」と。

予報。予測可能な未来。私は、その言葉が持つ響きを、過剰なまでに信頼しているのかもしれない。ロマコメ号の運行計画、貸出リスト、NDC(日本十進分類法)。私が日々守ろうとしているものは、すべて「予測可能」な秩序の内側にあるから。

でも、天気は違う。ふと、マーク・トウェインの友人の言葉が頭をよぎる。

――Everybody talks about the weather, but nobody does anything about it

天気について文句を言うが、何もしやしない。そもそも、どうしようもない。天気は、私たちの制御の外側にある、巨大で気まぐれな存在だ。今朝の有線放送の予報は、その制御不能なものを、なんとか人間の秩序に組み込もうとする、ささやかな抵抗みたいに聞こえる。

「さて、当たるかな」

そう呟いて、窓の外のまだ薄暗い空を見上げる。予報が外れること。それは日常の小さなズレに過ぎない。でも、その「予測が裏切られる」という感覚が、私の心の防衛線の、ほんの僅かな隙間を、冷たく撫でていく。あの日の、あらゆる予測が意味をなさなくなった、巨大な無秩序の記憶。

ロマコメ号の運行を始めてから、空を見上げる回数が本当に増えた。気がつけば、空を見ている。天気が気になる。それはある。でも、空がそれ以外のことを教えてくれるのかもしれない。

図書館に着いたら、まずNDC 451(気象学)の棚を確認しよう。あの背表紙が、完璧な直線を描いていれば、きっと、今日の天気も、私の心の秩序も、守られるはずだから。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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