移動図書館日記(56)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

同僚の美桜さんの部屋で、「ステキ司書女子会」をすることになった。美桜さんらしい、分類不能で、きらきらした言葉。私には、とても思いつかない……というか、口にしづらい。

少し遅れると連絡をくれた真木先輩を待つ間、美桜さんの部屋の中をぐるっとながめる。図書館のデスクと同じように、たくさんの「モノ」が、彼女だけのルールで積み上がっている。私の心の書棚(NDC)とは全く違う体系。でも、不思議と息苦しさはなかった。この混沌は、美桜さんの人柄そのものが作り出す、あたたかい「居場所」なのだ。

所在なく本棚を眺めていたら、無造作に差し込まれた一冊の薄い冊子が目に入った。

『トランヴェール』。 表紙の、どこまでも広がる青い空。その下には、鮮やかな緑の田園風景と、まんなかあたりに伸びる線路。そして、中央に記された言葉。

――[特集]共に。~東日本、明日へのメッセージ~

息が、一瞬だけ浅くなった。ここあん村の「あのこと」よりもっと前、日本中が巨大な無秩序に覆われた、あの時の記憶。この号は、私も知っている。2011年6月号。いつもの旅の特集ではなく、作家さんたちのエッセーが並んだ、特別な号だった 。高橋克彦さん、佐藤賢一さん…… 。私の心の中では、「共にと書いてある、あの」と中途半端に分類されている。

あのころ。私は、このページをめくることができなかった。正確には、言葉があまりに無力に思えてしまって、活字になった「現実」の重さを受け止めるのが、しんどくて、怖かったんだ。

ふと、村上春樹の『海辺のカフカ』を思い出した。主人公の少年が、行くあてもなく、図書館の静けさの中にこもり、本の世界に深く潜っていく。あの姿が。あの頃の私に重なる。本は、現実から身を守るためのシェルターだ。だから、矛盾しているようだけれど、シェルターの外の現実を突きつけてくるかもしれない言葉は、たとえそれがあたたかい物語の形をしていても、読むことができなかった。

でも、今は。「あのこと」を経て、ロマコメ号でたくさんの人の「声」を聞いてきた、今なら。この、緑の表紙の奥にある言葉たちも、一文字ずつ、ちゃんと読める気がする。しんどい現実の中にも、守るべき日常と、続いていく物語があることを、いまの私は、少しだけ学んだから。

「お待たせしましたー! カップ、ばらばらですけど」

美桜さんが、「えへへ」という顔で、形の違うマグカップを両手に持って、台所から戻ってきた。その屈託のない笑顔が、なんだかとても、あたたかかった。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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