移動図書館日記(63)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

通用口のガラス戸越しに、大型バスの白いボディが現れる。いつものボランティアサークルの皆さん。けれど、今日は数が違う。年に一度の研修旅行。バスから降りてくる人また人。いつもの数倍いる。

ここはまだ、図書館というより巨大な倉庫だ。整理を待つ資料の山はあるけれど、三十人が腰を落ち着けるための椅子がまったく足りない。手伝いの声はもちろんありがたい。でも、埃っぽいコンクリートの床に、遠方からの来客を座らせるわけにはいかない。私の守るべき「図書館としての礼節」という防衛線が、音を立てて崩れそうになる。

「あの、申し訳ありません。作業していただくにしても、椅子の数がまったく足りなくて……」

出迎えた私の強張った謝罪を、顔なじみのリーダーの男性は、軽く笑い飛ばした。

「椅子? いらない、いらない! 私らは勉強しに来たんじゃないよ。身体を動かしに来たんだから。それも研修、研修」

その声を合図に、三十人のブック・ピープルたちが、薄暗いフロアへとなだれ込んでいく。

真木まき先輩や私との打ち合わせを早々に済ませ、ある人は積まれた段ボールを机代わりにし、ある人は壁に背中を預け、またある人は床に直接あぐらをかく。

いわむらかずおさんの絵本『14ひきのあさごはん』のページが、ふいに脳裏に重なった。 森のねずみたち大家族。彼らの食卓に、カタログにあるようなダイニングチェアなんてない。自分たちで見つけた切り株やきのこが、そのまま椅子になる。

「こっちの箱、終わりました!」

「その紐、取ってください」

作業靴が床を擦る音。ページをめくる乾いた音。交わされる短い言葉。私の心配していた「欠如」は、彼らの熱気であっという間に埋め尽くされた。彼らの背中は、どんな高機能なオフィスチェアに座るよりも、ずっと頼もしく、楽しげに見える。

一時間後、彼らはバスと共に去っていった。嵐が過ぎた後のように、資料の山は消え、整然とした書架だけが残されている。私は、ガランとしたコンクリートの床を見つめる。椅子がなければ座れない。そう思い込んでいた私の分類棚の「常識」というラベルが、床の埃と一緒に、きれいに掃き清められていた。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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