これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
撤収までのカウントダウンが始まる、午後四時五十五分。影が長く伸びて、ロマコメ号の白い車体を淡いオレンジ色に染める頃。片付けの手を休めてふと顔を上げると、少し離れた道を、使い込まれた作業着に麦わら帽子を被った男性が通りかかった。
「おとうさん、もしよかったら温かいお茶、一杯飲んでいきませんか」
男性は、「本は読まないよ」と照れくさそうに笑いながら、誘いに乗ってオーニングの下の椅子に腰を下ろしてくれた。紙コップから立ち上る湯気を眺めながら、おとうさんのポツリポツリとした独白が始まった。
「本を読む時間なんて、今までなかったからなあ。百姓ってのは、朝から晩まで草むしりだよ。抜いても抜いても生えてくるあいつらと、ずっと格闘してきたんだ」
そう言って見せてくれたおとうさんの手は、節くれだって、爪の間に黒い土が染み込んでいた。それはどんな精巧な木版画よりも雄弁に、この土地で生きてきた時間を語っているように見えた。農閑期には遠くの工事現場へ出稼ぎに行ったこと、冬の冷たい空気の中で握ったハンドルの感触。そして、話は最近、都内のマンションへ引っ越した息子さんのことへと移っていった。
「たまに遊びに行くんだが、あそこは狭くていけないね。箱の中に詰め込まれているみたいで、息が詰まるんだ。ここの空とは、広さがぜんぜん違うからなあ」
息子さんの住まいの狭さを語るおとうさんの口調は、寂しさと、それでも新しい生活を営む息子さんへの、もどかしさまじりの愛情が伝わってくるものだった。私はいつの間にか、時計を見るのを忘れていた。ガストン・バシュラールの『空間の詩学』に出てくる、家が持つ「魂の保護」という一節をふと思い出したが、今はそれを口にする必要はない。おとうさんの語る言葉そのものが、この村の厚みのある物語そのものだったから。
気づけば予定の撤収時間をとうに過ぎていた。おとうさんは「長居しちまったな、ありがとよ」と立ち上がり、またゆっくりと歩き去っていった。私の引いた完璧な運行計画は、今日、心地よい「みちくさ」によって鮮やかに書き換えられた。けれど、心の中には、美味しいお茶の余韻のような、静かな充足感が広がっていた。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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