移動図書館日記(73)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

撤収作業のさなか、ボランティアの学生さんが、コンテナの汚れを拭き取りながら、少し迷うような口調で教えてくれた。今日来ていたおばあちゃんから、ふと漏れ出た言葉を聞いたのだという。

「自分だけが、生き残ってしまった」

「助かった」ではなく「しまった」という完了形の重み。私の頭の中の索引は、即座に『NDC 146.2(心的外傷)』や『サバイバーズ・ギルト』というラベルを弾き出そうと……私の悪い癖だ。人の痛みを、既知のフォルダに分類して安心しようとする。けれど、ボランティアの彼女が語った続きの言葉が、その乾いた分類を静かに押し留めた。

「誰かがいなきゃ、みんなの供養ができないからね。じいさんが三途の川で、私にだけ『往復切符』を握らせて、こっちへ追い返したんだと思うのよ」

――往復切符。

その言葉の響きに、不意に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が重なる。親友のカムパネルラは川の向こうへ行ってしまったけれど、ジョバンニだけは、どこまででも行ける切符をポケットに入れて、悲しみの透き通るような冷たさを抱えながら、地上へ戻らなければならなかった。そのおばあちゃんも、エプロンのポケットの奥に、見えない厚紙の硬さを指先で確かめながら、今日まで息をしてきたのだろうか。

私には話してくれなかった話。でも、それは決して寂しいことじゃない。私たちが顔馴染みの「隣人」になりつつあるからこそ、言えないこともある。通りすがりの旅人のような、まだ名前もよく知らないボランティアさんだったからこそ、重すぎる荷物を一瞬だけ、降ろせたのかもしれない。北風と太陽の話じゃないけれど、見知らぬ人の体温のほうが、凍ったコートを脱ぎやすい時がある。

私の仕事は、その「往復切符」を持って戻ってきた人たちが、次の列車を待つまでの長い時間を、少しでも穏やかに過ごせる待合室を作ることだ。

この話は、業務日報には書かない。けれど、その切符の目に見えない重さを、私の記憶の棚にそっとしまっておく。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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