これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
新しい巡回場所に向かう道は、まだどこかよそよそしい。ロマコメ号のタイヤが砂利を踏む音だけが、やけに大きく響いていた。
「霧のところ」への初運行。私は、自分の心の手帳に「のんびりとした場づくりができた」と満足そうに貼ろうとしていた。けれど、それがいかに上滑りしたものだったかを、すぐに思い知らされた。
そのおとうさんは、毛玉のついた紺色のセーターを着た、静かな人だった。少し背中を丸めながら、彼が差し出してきたのは、実用書の棚から選んだ『男のための料理本』。
「料理なんて、したことなかったんだ」
乾いた砂がこぼれるように静かな声。あのことで、おとうさんはひとりきりになってしまったという。なべを洗うのは面倒だ。でも、缶詰をそのまま食べる味気なさが、部屋の隅に溜まっていく。食事もそうだが、怖いのは、お風呂に入っているときだ。もし、急に心臓が止まってしまったら、誰にも気づかれないまま時間が過ぎていく。
「ひとりでもいいから、誰か残ってほしかった」
その一言が、私の胸の奥を、冷たい指先で突いた。不意に、向田邦子さんが食事について書いたさまざまなエッセーが思い出された。美味しいものを食べること、それをおいしいねと言い合える誰かがいること。そんな当たり前に思える、けれど壊れやすい日々の綴じ目が、あの日、無残に引きちぎられてしまったのだ。
私が感じた「のんびりした雰囲気」は、波の立たない水面に浮かんだ、ただの油の膜に過ぎなかったのかもしれない。その底には、まだ誰にも名付けられていない、重たい言葉たちが沈んでいる。
帰り際、おとうさんは本の表面を手のひらでそっと払うように撫でた。
「今夜は、何か作ってみるよ。ありがとうね」
少しだけ口の端を上げて。指先に残った、わずかな震えを、私は忘れない。
図書館への帰り道。ドライバーのHさんの声が、少し遠くに聞こえた。窓の外では、冬の薄い光が地面をなぞっている。マグボトルの蓋に残った紅茶が、少しだけ冷めていた。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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