移動図書館日記(93)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

ドライバーのHさんがロマコメ号のエンジンを切る。集会所の奥からテレビの音が低く漏れて聞こえてくる。通い慣れた場所の、いつもの昼下がりの音だ。

運転席を降りた私の足元に、冷たい風といっしょに、小さな影が滑り込んできた。

「図書館のおねえさん、見て」

その子は言うなり、地面に両手をついた。反対向きにだ。勢いよく体が反り、捲れ上がったTシャツの下から、お腹が無防備に空へ突き出される。ブリッジだ。久しぶりに見た。その子の視界は逆転して、私の靴の先を見つめている。小さな手のひらは、砂の混じったアスファルトを必死に押し返していた。

すぐ横で、お父さんがポケットに手を入れたまま、子どもの不格好なお腹を見つめている。膝の抜けた作業ズボンの裾が、風もないのにわずかに揺れた気がした。

「ここの仮設は、この子と同年代の遊び相手がいないんだ」

お父さんは、地面に落ちた自分の影に話しかけるように言った。私は何も答えず、手にしたバインダーのクリップを指先でなぞった。

「す、すごいですね」

子どものブリッジにかけた言葉がかすれたせいで、何がすごいのか、遊び相手がいないことがすごいのかあいまいなまま、気まずい空気が集会所の前にしばらく漂った。

「可哀想に」

お父さんがポツリ。その最後の一片も、どこにも分類できないまま、集会所の乾いた地面の上に放り出された。

子供がブリッジを解き、勢いよく立ち上がった。服についた砂を払うこともせず、私に向かって手のひらを見せる。アスファルトの形に、柔らかそうな手のひらに凹凸ができていた。その子は私に満足そうな笑顔を見せた。

「すごいね」

さっきよりは少し大きな声が出せた。お父さんは、空っぽのブランコの方へとゆっくり視線を動かした。そこには、傾きかけた陽光が、ただ平坦に路面を照らしているだけだった。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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