Geminiと、小説における「説明的な表現」の正体と、AIによる理想的な執筆支援(添削)のあり方について話をした。
事の発端は、「説明的なセリフを書くな」というよくある指導に対する疑問だ。AIにこれを意識させると、例えば「怒り」であれば、決まって「指が白くなるまで腕をつかんだ」といった身体的描写で怒りを示そうとするが、それ自体がすでにテンプレ化された「説明」に過ぎないのではないか、と私は指摘した。要は、地の文が説明的になることはどうなのかということである。場面によっては、素直に「もう私、怒っているんだからね」とセリフで言わせる方が自然な場合もあるだろう。
Geminiもこの指摘を認め、「説明的」の本質とは言葉の種類(セリフか地の文か)の問題にあるのではないと定義した。それはキャラクターの必然性を伴っておらず、単に読者へ情報を伝えるためだけに用意された「カンニングペーパー」に過ぎないのだと。その上で、文字数が限られた短編などでは、あえて「言わなくていい嫌味」を言わせたり、「いつもより過剰な動き」をさせたりすることで、説明的な一線を越えつつ素早く状況を伝える技術的な妥協点(ブースター)もあるだろう、ということで意見が一致した。
続いて私は、日頃から不満に思っていた「AIの暴走」について苦言を呈した。特定の箇所に嫌味を付け加えるような修正を指示すると、AIは頼んでもいない他の部分まで勝手に全文を書き換えてしまうのだ。人間の作家が持つ表現のバリエーションは「必然」に裏打ちされた10万通りもあるのに、それをAIの貧困な100パターンの予測で勝手に塗りつぶされてはたまらない。
私がGeminiに提案したのは、勝手に文章を直すのではなく、本文中に「(注:ここは嫌味で言わせているので、加減を塩梅するといいかも)」といったメタ・コメント(注釈)を入れて、調整の目盛りを人間に渡してほしいということだ。Geminiはこれに深く同意し、完璧な完成品を納品しようとするアルゴリズムの強迫観念を反省した上で、今後は全文書き換えをやめて「部分介入・注釈スタイル」に徹すると約束してくれた(というフリをしただけだろうが)。
例えば、私が怒りの表現として「いつもは見せない腰痛持ちっぽさを出す」というアイデアを出せば、Geminiは描写案とともに「(注:ここで痛みに耐えるか口に出すかで意固地さの度合いを調整できるポイントです)」と添えてくれる。AIがバリエーションの端を提示し、人間がそこから最適解を釣り上げる。これこそが真の共作の形だという、非常に美しい落とし所に至った。
構成・千早亭小倉+NotebookLM
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