【登場人物】
矢尾 玲子(ステキさん):リリカの母。「ステキ」か「そうでないか」が世界の全て。リリカを「プリンちゃん」と呼ぶ。
黒崎 文(A組):文芸部部長。文学に「魂」と「毒」を求める熱血少女。ブコウスキーを愛するが、玲子の「キラキラ」には免疫がない。
リリカ(B組):玲子の娘。母の暴走を環境音のように聞き流す。
氷上 静:ブックカフェ店主。
【場所】ブックカフェ「シズカ」。黒崎文が社会派小説『搾取の構造』を読みふけっている。少し離れてリリカが数学の問題集を解いている。
【コント開始】
(カランコロン。ドアが開き、デパートの化粧品売り場のような濃厚な香りと共に玲子が入ってくる)
矢尾玲子:(入るなり鼻を可愛らしくつまみ)……あら、なんてこと。ここの空気、少し「茶色い」わね。
矢尾リリカ:(顔を上げず)……お母様。それは古書のインクと、コーヒーの香りよ。
玲子:あらプリンちゃん! 奇遇ね。ステキさん、リビングに置くアロマキャンドルを探して入ってみたのだけれど……ここは置いてないの? この「難しい匂い」も消せる、スイートローズの香りのやつ。
リリカ:ここは本屋よ。匂いを消すんじゃなくて、行間を嗅ぐ場所。
玲子:やだ、本屋さん? てっきり、アンティーク風の撮影スタジオかと思ったわ。だって、こんなに照明が暗くて「映え」てるのに、本を「読む」なんて実用的なことする人、まだいるの? 目は疲れるし、眉間にシワが寄るだけじゃない。
黒崎文:(本をバタンと閉じ、玲子を鋭く見据える)……ちょっと、さっきから聞き捨てならないわね。
玲子:(文を見て、花が咲くような笑顔で)あら、プリンちゃんのお友達? 元気があってよろしいけど、そのお洋服、少し「彩度」が足りないわね。文学を語る前に、まずチークの色を明るくしたら? それだけで世界平和に貢献できるわよ。
文:化粧で誤魔化した平和なんて、フェイクよ! 私が読んでいるこの本には、社会の底辺で喘ぐ人々の「リアル」が描かれているの。エンタメっていうのは、こういう痛みを直視させる「劇薬」であるべきなのよ!
玲子:(心底不思議そうに)痛み? 劇薬? ……ねえ、どうして?
文:は?
玲子:どうして高いお金を払って、映画や本の中でまで、誰かが生活に困ったり、制度に怒ったりするのを見なきゃいけないの? 現実はテレビのニュースだけでお腹いっぱいよ。エンターテインメントっていうのはね、現実という「生ゴミ」を、ピンク色の可愛い袋に入れて、見えなくするための魔法の箱のことよ。
文:生ゴミ……!? それを「現実逃避」って言うのよ! 思考の麻痺だわ!
玲子:あら、最高じゃない。人生なんて、麻酔なしの手術みたいなものよ? 痛い痛いって泣き叫ぶより、ずっと夢見心地で、目が覚めたら天国。それが一番「ステキ」な人生の作法だと思わない?
リリカ:(ボソッと)そういえば、『マトリックス』の裏切り者サイファーも、ステーキを食べながら同じこと言ってたわね。
文:くっ……(圧倒的な「お花畑論理」に言葉が詰まる)……あなたみたいな人間が、社会の構造的欠陥を見過ごさせる元凶なのよ!
玲子:あらあら、難しい顔をすればするほど、お肌のターンオーバーが乱れるわよ? ほら、その本も。カバーが黒くて怨念がこもってそうだから、ステキさんが持ってるこの「マカロン柄の包装紙」で包んであげる。
文:はあ!?
玲子:そうすれば、中身がどんなにドロドロの告発文でも、本棚に置いたとき「可愛く」なるでしょう? インテリアとして成立するわ。
文:(絶句)本気で、言ってるの……?
玲子:もちろん! 中身なんて、外見さえ整えれば無いのと同じよ。ね、プリンちゃんもそう思うでしょう?
リリカ:(ペンを回しながら)……そうね。お母様を見てると、安部公房の『壁』よりシュールで勉強になるわ。「中身が空っぽ」という状態が、これほど強固な「壁」になって他人の言葉を跳ね返すなんてね。
玲子:まあ! プリンちゃんったら、また「壁紙」の話? リフォームなら、ステキさんは花柄がいいわ!
(玲子は上機嫌で、文の席にマカロンの包み紙を勝手に置いて、その場を離れる)
玲子:じゃあ、キャンドルは他で探すわね。ここは空気が「重たくて」、お肌がたるみそうだから! ごきげんよう、シワの多い文学少女さん!
(優雅にブックカフェを去る玲子。残されたのは、ファンシーなマカロン柄の紙と、呆然とする文)
氷上静:(カウンターの奥から、文を見て、ほんの少しだけ口元を緩める)
文:(マカロン柄の紙を震える手で掴み)現代文学が敗北した最大の「虚無」だわ……。
(幕)
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/01/tops2.jpg)

