プロローグの停滞
【登場人物】
ギオン(別名、オノマトペ王子):すべてを擬音で処理する感覚派。
イチギョウ(別名、名言スナイパー):会話に唐突に金言をねじ込む哲学派。
ケイヨウ(別名、修辞の貴公子):現象を病的なまでに長く、詩的に描写する耽美主義者。
【場面設定】3丁目駅からここあん高校へ向かう学バス。生徒たちはまばらで、車内には湿った沈黙が流れている。
ギオン:(窓枠のサッシを指差して) ……カタカタ。
イチギョウ:(前を向いたまま) 音は、沈黙が吐くため息だ。
ケイヨウ:この窓枠の震えを見たまえ。アルミの冷たい肌が、エンジンの不規則な鼓動に怯え、目に見えない微細な粒子を虚空へと撒き散らしている。まるで、冬の朝に蛇口から滴る最後の一滴が、凍土に触れる瞬間の絶望を予感させるかのような……。
ギオン:(遮るように) ……ビキッ。
ケイヨウ:なんだい。私の描写に「ひび」が入ったとでも言いたいのか。
ギオン:いや、物語の強度が足りない音。今のカタカタは、ただの背景。このままだと、俺たちは1話目のAパートで、読者にブラウザバックされる。
イチギョウ:結末を知らぬ者だけが、過程に飽きる権利を持つ。
ケイヨウ:確かに、このバスの揺れには「起伏」という名のドラマが欠如している。私の膝に落ちているこの「消しゴムのカス」を見たまえ。角が削れ、役目を終えた灰色の死骸。これがもし、ヒロインとの最悪な出会いを暗示するキーアイテムでないのだとしたら、私はこのカスの存在を許容できない。
イチギョウ:設定のない小道具は、ただのゴミだ。
ギオン:(バスの吊革を見つめて) ユラユラ。……これは、中だるみのサイン。
ケイヨウ:吊革の革の部分が、手垢でわずかに茶色く変色し、そこにある種の生活感という名の「生活臭いプロット」を付着させている。ああ、手が冷たくなってきた。このままでは、私のキャラクター設定が「寒さに弱いモブ」に書き換えられてしまう。
イチギョウ:体温の低下は、作者の関心の欠如に比例する。
ギオン:(窓の外を見て) ……スッ。
イチギョウ:何が見えた。
ギオン:空。でも、今の空の色は「とりあえず塗った」感じの青。彩度が低すぎる。イベント発生のフラグが一本も立ってない。
ケイヨウ:致命的だね。我々は今、物語の「空白」に閉じ込められている。このバスが学園に到着するまでの描写をスキップできないのは、我々のステータスが「ナレーションを動かす権利」を持っていないからだ。
イチギョウ:歩まぬ者に、道は開けない。
ギオン:……ピタッ。
(バスが止まる)
ケイヨウ:止まった。これは、何らかの伏線か。それとも、単なる信号待ちという名の「ページ稼ぎ」か。
イチギョウ:止まることは、進むことよりも勇気がいる。
ギオン:(無表情で) ……シーン。
ケイヨウ:……で?
イチギョウ:……。
ギオン:……。
(誰も動かず、ただエンジンのアイドリングの振動だけが続いている)
(幕)
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