第9話 不協和音の制作会議

部室の空気が凍てついた。

天野光さんの、太陽のように明るい提案。それは、この文芸部という静謐な月世界に投じられた、あまりにも異質な一石だった。僕の隣で、黒崎部長の体感温度が絶対零度まで下がっていく。その冷気は、物理的な圧力となって僕の肩にのしかかった。

沈黙を破ったのは、意外にも黒崎部長自身だった。彼女はゆっくりとティーカップをソーサーに戻すと、カツン、と硬質な音を立て、天野さんを真正面から見据えた。

「……面白いことを言う。バスケットボール部の君が、挿絵だと?」

その声は、氷のように冷たい。

「君がこの駄文に、どのような価値を見出したのか、私に説明してみろ。君の言う『胸がぎゅーってなった』などという、主観的で感傷的な感想は聞くに値しない。この作品が、なぜ絵という新たな解釈を加えるに値するのか。その構造的、文学的価値を、論理的にプレゼンテーションしてみせろ。できなければ、君の提案は却下する」

それは、あまりにも理不尽な要求だった。文芸部員ですらない天野さんに、専門的な批評をしろというのだ。事実上の、丁寧な拒絶表明だった。

「え……ろ、論理的、に……?」

天野さんは、明らかに狼狽していた。彼女の快活な笑顔が凍りつき、視線が助けを求めるように宙を彷徨う。僕の方をちらりと見たが、僕も何も言えなかった。黒崎部長のこの威圧感の前では、僕など無力だ。

「そ、それは……その、主人公の男の子が、すごく……孤独で。でも、本当は誰かに分かってほしくて……そういう気持ち、バスケの練習で、一人だけシュートが全然入らなくなった時とかに、私も……」

「それが主観だと言っている。君の個人的な経験と、作品の価値は無関係だ」

ピシャリ、と黒崎部長が天野さんの言葉を切り捨てる。天野さんの大きな瞳に、みるみるうちに涙の膜が張っていくのが見えた。まずい、と思ったその時だった。

「――その判断は、非合理的だ」

部室の隅、これまで一切の会話に加わらなかった堂島が、本から目を離さないまま、静かに口を挟んだ。

黒崎部長が、わずかに眉をひそめて堂島を見る。

「……何が言いたい、堂島」

「文化祭で発行する部誌の目的は、我々の活動成果の発表と、新入部員の獲得にある。部外者である彼女の論理的評価に価値はない。だが、彼女が提供を申し出ている『挿絵』というリソースには、明確な価値が存在する」

堂島は、淡々と続けた。

「統計上、テキストのみの冊子と比較して、適切な挿絵を含む冊子は、手に取られる確率が平均で42%上昇する。また、内容への興味を惹きつけ、読者の離脱率を低下させる効果も期待できる。彼女の批評能力の有無は、この際、問題ではない。彼女のスキルは、部誌の目的達成に貢献する、有用なアセットだ。これを感情論で斥けるのは、戦略的判断として誤っている」

ぐ、と黒崎部長が言葉に詰まった。

魂だの、文学だのといった彼女の価値観を、堂島は「統計」と「戦略」という、全く別のレイヤーの事実で無力化してしまったのだ。彼女の美学は、堂島のロジックの前では、ただの非合理なワガママでしかない。

黒崎部長は、しばらく苦虫を噛み潰したような顔で黙っていたが、やがて、深く、深く溜息をついた。

「……分かった。君の言うことも、一理ある」

彼女は忌々しげに僕と天野さんを交互に見やると、宣言した。

「いいだろう、バスケ部。君の参加を、特例として許可する。そして凡俗、君もだ。この『コンクリートの涙』を、文化祭の部誌に掲載する作品の第一候補として、推敲を開始する」

それは、僕の作品が、初めて正式に認められた瞬間だった。

「これより、第一回、文化祭部誌制作会議を始める。……ああ、忌々しい。なぜ私の貴重な放課後が、こんな凡俗と脳筋に蹂躙されねばならんのだ……」

頭を抱えて悪態をつく黒崎部長。その横で、涙目ながらも「よ、よろしくおねがいします!」と深々と頭を下げる天野さん。そして、我関せずとページをめくる堂島。

こうして、僕の日常は、月と太陽と設計図を巻き込んだ、奇妙で不協和音だらけのアンサンブルを、強制的に奏で始めたのだった。

(第10話に続く)

作・千早亭小倉

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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