連続ジェミ庵小説(10)

第28話 原稿の加重平均と滑らかすぎる床

【登場人物】
月読 リノ
:ここあん高校国語科教師。極度の面倒くさがりで、生徒の原稿を家具の高さ調節に使う低テンションの女性。
堂島 巧:ここあん高校の男子生徒。文学を空間の設計図として捉え、物理的整合性に執着する空間分析家。

【スポット】
ここあん大学の赤レンガ旧校舎。日本文学科棟。インクと古紙の匂いが染みつき、かつては伝統的様式美を重んじる徒然士 の思想が支配的だった空間。

導入:日本文学科棟の空き教室。月読リノは高校文芸部の顧問業から逃亡し、よれよれのジャージ姿でパイプ椅子に座って居眠りをしている。彼女が足を乗せている机は脚の長さが合わず、ガタガタと揺れる。面倒くさがりのリノは手元にあった黒崎文の熱量過多な小説原稿 を無造作に何重にも折りたたみ、机の脚の下に挟み込んで揺れを止める。そこへ旧校舎の建築構造を見学に来た堂島巧が教室に入ってくる。

展開:堂島は机の下の原稿束に気づく。彼はその光景を、感情過多で重心の定まらない黒崎の文章を物理的な土台として圧縮し、空間の均衡を保つための高度な構造的批評だと誤認する。堂島は修辞の重さを物理的な加重に変換するとは完璧な空間設計だと感嘆の声を上げる。リノは自分の怠惰な行動をごまかすため、即座に腕を組み、物語の破綻はまず物理的な傾きから始まると適当な持論を語り出す。堂島は完全に納得し、鞄から水平器を取り出す。二人は教室内のすべてのガタつく棚や椅子に対し、生徒たちの提出原稿を感情の質量ごとに分類して折りたたみ、家具の隙間に次々と詰め込んでいく。

結末:教室内のすべての家具が大量の原稿の束によってミリ単位で高さを揃えられ、完璧な水平を保つ。堂島はこれぞ三次元空間における文学の完全な均衡状態だと誇らしげに語る。リノももう誰も私を踏みつけない平らな世界だと満足し、勢いよくパイプ椅子に深く腰掛ける。その瞬間、リノの体重移動による横方向の力が加わる。家具の脚と床の間にはすべて滑らかな紙が挟まっていたため、摩擦力を完全に失った椅子がリノリウムの床を滑り出す。椅子は隣の机に激突し、連鎖反応を起こしたすべての家具が玉突き事故のように滑って教室の隅に積み重なる。リノは椅子ごと部屋の端まで滑り飛ばされ、堂島は摩擦係数の計算を忘れていたと頭を抱える。二人は偏った家具の山を前に、完璧な均衡がもたらした完全な崩壊をただ無言で見つめる。

第29話 牡蠣殻のヴィーナスと真珠の行方

【登場人物】
能美 カンナ
:音巴里荘に暮らす彫刻家。不器用で寡黙だが、瓦礫から美を生み出すことに異常な執念を燃やす。
銀板 次郎:音巴里荘の写真家。他人の不幸な瞬間を狙うデリカシーのなさと、お調子者の一面を併せ持つ。

【スポット】
小料理屋のようなバー「海」。昭和歌謡やアニメソングが流れる椎名町の飲み屋街にある店。海ママがカウンター越しに客の欲望を静かに見つめるミステリアスな空間。

導入:「海」のカウンター。昭和のアニメソングが流れる中、能美カンナが黙々とウーロン茶を飲んでいる。銀板次郎が隣に座り、能美の不器用な哀愁をフィルムに収めようと無遠慮にカメラを構える。そこへ海ママが間違えて仕入れたと呟き、岩のように固く巨大な天然の牡蠣をお通しとして二人の前に置く。

展開:能美は分厚い牡蠣の殻を彫りがいのある瓦礫と見なし、鞄からノミと木槌を取り出して無言で殻の彫刻を始める。銀板は能美が中身ごと殻を粉砕して絶望する瞬間を撮ろうと企み、至近距離からフラッシュを焚いて煽る。能美が光が平坦だ、殻の起伏が見えないと低い声で指摘すると、銀板はもっと惨めな影を作ってやると返し、手元のメニュー表をレフ板代わりに掲げる。能美はノミをリズミカルに振るい、銀板は打撃音に合わせて照明の角度を変えながらシャッターを切る。能美は美しい彫刻を生み出すため、銀板は最高の不幸を撮影するためと目的は全く異なるが、二人は完全な阿吽の呼吸で牡蠣の殻剥きという共同作業に没頭していく。

結末:数十分の格闘の末、カウンターの上には牡蠣の殻を削り出して作られた見事なヴィーナス像が完成する。能美が完璧な芸術が生まれたと息をつくと、銀板はこれほど無駄な徒労の記録はないと笑う。ここで初めて二人は互いの目的が全く違っていたことに気づき、カウンターに険悪な空気が流れる。しかしその瞬間、ヴィーナス像のヒビから大粒の真珠がポロリと皿の上に転がり落ちる。二人は芸術への情熱も不幸への探求心も一瞬で忘れ去り、真珠の所有権を巡って無言のまま激しい取っ組み合いを始める。海ママは二人の争いを見向きもせず、鼻歌を歌いながらグラスを磨き続ける。

第30話 地層の解体と超自我の崩壊

【登場人物】
ナツメグ
:ここあん高校A組の女子生徒。「当たり前」を嫌悪し、不条理を大真面目に過剰実行する底知れぬ遊戯者。
北条 蓮:ここあん区立図書館のスタッフ。元保育士で、柔軟な感性と世話焼きな一面を持つ青年。

【スポット】
ケーキ屋「タンバリン」。小名地区にあるパティスリー。提供されるケーキが食べた者の建前を麻痺させ、隠された本音を暴き出す村の「欲望の解放区」。

導入:ケーキ屋「タンバリン」のテラス席。ナツメグと北条蓮が向かい合って座り、それぞれ美しいミルフィーユを前にしている。ナツメグは上から順にフォークを入れるという常識的な食べ方を激しく嫌悪し、ミルフィーユを地層の掘削対象として扱う独自の不条理なルールを立ち上げる。

展開:ナツメグはフォークとナイフを測量機器のように構え、パイ生地の層をミリ単位で計測し始める。彼女は第四紀の地層を露出させると宣言し、極めて不自然な角度からクリームをかき出し、パイ生地を一枚ずつ慎重に剥がしていく。向かいに座る北条は、この奇行を指先の緻密な運動と空間認識能力を育む革新的な知育ワークショップであると好意的に解釈する。元保育士の血が騒いだ北条は素晴らしいアプローチだと手を叩き、ナツメグの動作に合わせて過剰な実況とサポートを開始する。北条が紙ナプキンを安全マットに見立てて配置し、フォークの挿入角度に熱心な助言を与え始めると、単なるケーキを食べる行為が、壮大な地質学と知育の融合儀式へと変貌し、周囲の客もその異様な熱気に引き込まれて作業の行方を見守り始める。

結末:数十分におよぶ複雑怪奇な儀式の末、ナツメグが慎重に削り出したパイ生地の一片を北条の口に放り込み、自らもクリームを一口食べる。その瞬間、タンバリンのケーキが持つ甘美な毒が発動し、二人の理屈や建前が完全に麻痺する。ナツメグは不条理の探求など面倒くさい、甘いものは手づかみで丸呑みしたいと叫び、北条も大人として振る舞うのは限界だ、自分も思い切り甘やかされたいと泣き叫ぶ。緻密に構築された儀式は一瞬で崩壊し、二人は残ったミルフィーユを手づかみで貪り食いながら、どちらがより幼児のように振る舞えるかという泥沼の競争を始める。知育ワークショップの熱気は完全に消え失せ、顔中クリームだらけで泣き叫ぶ二人を残して、周囲の客たちはそっと席を立ち去る。

(第31話へ続く)作・Gemini+NotebookLM 編集補・千早亭小倉

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