これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
今日の巡回先は、普段は真木先輩が担当しているC地区の仮設団地だった。先輩が体調を崩してお休みのため、急遽、私がロマコメ号のハンドルを握ることになった。運行計画も、利用者の顔ぶれも、私が思い描いた完璧な台帳とは少し違う。その小さなズレが、一日中、心の隅でちいさなささくれのようになっていた。
現地に到着すると、私の予測をはるかに超えた「混沌」が待ち受けていた。集会所から漏れ聞こえてくる、陽気な音楽と手拍子。ミニカラオケ大会の真っ最中だった。
私の仕事は、この場所に静かな秩序をもたらすこと。その、はずだった。
「あら、今日は真木ちゃんは休みかい? みんなに紹介してやっから、中にお入りよ」
声をかけてきたのは、おそらく、真木先輩の日報に頻繁に登場するおばあちゃん。「いつも一番乗りで、時代小説を借りていかれる方」――先輩の几帳面な文字が目に浮かぶ。
私の築いたささやかな防衛線は、その屈託のない一言であっけなく突破された。あっという間に輪に引き込まれ、気づけば私の手には、まだ前の人の体温が残っているマイクが握らされていた。
その重さを手に感じつつ、どうしても外のロマコメ号が気になってそわそわした。本のコンテナ、出しっぱなしだ。誰か待っている人はいないだろうか? 私の視線が窓の方へ泳ぐのを察したのか、さっきのおばあちゃんが笑って私の腕をぽんと叩いた。
「大丈夫だって。昼間ここに残ってる連中は、みんなカラオケに来てるから」
イントロが流れ始める。誰かが気を利かせて入れてくれたのだろう、私が学生のころに流行ったポップスだった。歌い出してはみたけど、何度も何度も窓の外へ向いてしまった。まるで、分類を待つ本で溢れた閉架書庫に、一冊だけ違うジャンルの本が紛れ込んでしまったような、落ち着かない気持ち。
歌い声が自分でも驚くほどか細く震えていて恥ずかしかった。喉の奥が錆びついているみたいだ。でも、集会所の人たちが、笑いながら手拍子をしてくれる。それが、私の背中を優しく、でも確実に押してくれた。
ワンコーラスを歌い終わるころには、錆が少しずつ剥がれて、忘れていた声の出し方を思い出していくような、不思議な感覚があった。
ふと、カズオ・イシグロの『日の名残り』を思い出した。完璧な品格を追い求め、自らの感情さえも抑制し続けた執事スティーブンスが、旅の終わりで、自分が仕えた主人の本当の姿と、自らが失ったものに気づく物語。私も、完璧な司書でいようとするあまり、たくさんのものを自分の内側に閉じ込めてきたのかもしれない。声を出すこと、誰かの手拍子に合わせて体を揺らすこと、そういう、分類不能で、非効率で、けれどどうしようもなく温かい何かを。
歌い終わると、思ったよりも大きな拍手が湧き上がった。どう反応していいかわからず、私はただ、深くお辞儀をすることしかできなかった。「上手いじゃないか!」という声に顔を上げると、みんなが優しい顔で笑っている。その笑顔がまっすぐすぎて、少しだけ、泣きそうになった。
(昔の私なら、「ありがとうございます! 次はデュエットしませんか?」なんて、調子に乗ってはしゃいでいたかもしれないな……)
心の中で、忘れていたはずの自分が囁く。今の私には、ただ「……ありがとうございます」と消え入るような声で言うのが精一杯だった。
業務日報には、この出来事をどう記録すればいいのだろう。「住民との交流促進活動の一環として、地域イベントに参加」。そんな乾いた言葉では、あの手拍子の温かさも、窓の外を気にし続けた私のちいさな強迫観念も、記録できるはずがない。
この出来事は、まだ分類不能。私の心の書棚に、また一つ、行き場所の決まらない、けれど少しだけ誇らしい、そんな一冊が差し込まれた。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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