移動図書館日記(46)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

​某月某日

もうすぐ、あの日が来る。「あのこと」が起こってから、何回目かのあの日が。今年も、一か月ほど前からここあん村の空気がざわついている気がする。

あのことから一年後の日のことを思い出した。運行計画では、ロマコメ号が東風公園の仮設住宅を巡回する日だった。

私は運行するものだと思っていた。

雨の日も、雪の日も、ロマコメ号を定刻通りに走らせること。その完璧な「秩序」こそが、あの巨大な無秩序に対する、私の唯一の抵抗であり、防衛線なのだから。スケジュール通りに本を届けること。それこそが、私たちの「日常」が負けていないという、何よりの証明になるはずだった。

​でも、真木先輩や美桜さんと話して……。そして、東風公園の仮設団地の区長さん にも、そっと相談してみた。

​区長さんは、いつもの力強い顔を少しだけ曇らせて、こう言った。

「ちなっちゃん。ありがたいけどな、あの日は……うん、俺たちも、どうしていいか分かんねえんだ。だから、そっとしておいてくれるのが、一番かもしれねえな」

その言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けた。

私は、私たちが「支援する側」で、彼らが「支援される側」だと、どこかで無意識に分類していた。でも、違う。

私たち図書館員だって、みんな、あの図書館で、毛布にくるまっていた被災者じゃないか。高島課長も、真木先輩も、美桜さんも、私も。区長さんも、私たちも、みんな等しく、あの無秩序の中に放り込まれた生存者だ。

​カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』を思い出す。主人公が、時間の束縛から解き放たれてアンスタック・イン・タイムしまう、あの感覚。解き放たれたというと聞こえはいいが、時間が外れた状態だ。

あの日が近づくと、私たちここあん村の住民は、みんな「アンスタック」になってしまうのかもしれない。前に進んでいるようでいながら、どこにいても心だけは、あの日の粉塵と紙の匂いと絶望が混じり合った、避難所と化した図書館の床に引き戻されてしまう。

私の守ろうとした「秩序」は、その日だけは、あまりに無力で、もしかしたら、残酷なものだったのかもしれない。

​ロマコメ号は、一年目のその日、お休みに決まった。

まず、「私は、一日、どう過ごすんだろう」と戸惑った。きっと、自分の部屋にはいられなくて、誰もいない図書館の、地下の閉架書庫 に、こっそり紛れ込んでいる気がする。あの、完璧な静寂と、分類された本の匂いの中だけが、私のシェルターだから。そう考えたのを覚えている。

そして、次の日。

また、何事もなかったかのように、私はロマコメ号のキーを回した。それもまた、私の大切な「秩序」であり、仕事なのだから。

​これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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