これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
カウンターに積まれた、埃っぽい背表紙の山。『ここあん村史』『商店街の歩み』……。先日、私が高島副館長にお願いをし、中野楓子さんに貸し出した「禁帯出」の資料たちが、無事に帰ってきた。私たち図書館が、館内での閲覧をいまだ再開できずにいることから、特例の措置となった。
「ありがとうございました! おかげで、いい絵が撮れそうです」
楓子さんは、ここあん村の記憶を映像に残したいそうだ。彼女の、春の嵐みたいな勢いは相変わらずだ。私の整えた静寂が、心地よく乱される。
そしてこの日、楓子さんの後ろにはもうひとり。楓子さんとは対照的な、凪いだ水面のような静けさをまとった女性が立っていた。
「母です。岩手の遠野から、久しぶりにこっちに来てて」
楓子さんの紹介に、女性――中野文さんが、軽く会釈をする。彼女が放つ空気には、遠野という地名が持つ古風な物語の枠とは違う、もっと乾いていて、それでいて芯のある、現代の「個」の気配があった。
「娘が無理を言ったそうで。すみません」
文さんの視線が、私の名札の「移動図書館担当」という文字で止まった。
「移動図書館……」
その呟きは、単なる気づきのトーンではなかった。楓子さんが横から口を挟む。
「お母さんもね、あのとき、東北でやってたんだよ。ボランティアで」
私の背筋が、反射的に伸びる。あの地を襲った大きな災害。私たちがここあん村で「あのこと」に直面し、ロマコメ号を走らせるよりずっと前に、過酷な無秩序の中で、この人は本を届けていた……。
文さんは、多くを語らなかった。「大変でしょう」とも「頑張って」とも言わなかった。ただ、カウンター越しに私を見て、少しだけ目を細めた。ハンドルを握る手の冷たさ。避難所の匂い。本を手渡す瞬間の、あの救われるような、頼りないような手触り。言葉にしなくても、同じ重さを知っている人だけが持つ、静かな共振。
「……気をつけてね。本も、あなたも」
帰り際、文さんが残した言葉は、それだけだった。楓子さんと文さんは、親子というよりは、たまたま同じ方角へ歩く旅人同士のような不思議な距離感で、図書館から出て行った。
私の知らない場所で、本を運び、物語を繋いできた「先輩」。彼女が遠野の山々から運んできた空気は、閉め切った図書館の澱んだ空気を、一瞬で入れ替えてしまったみたいだ。手元の返却本の山を崩しながら、ふと、自分の指先を見る。私のこの手も、いつかあんなふうに、誰かの記憶に残る温度を持てるだろうか。東北の道を走っていた、名前も知らない移動図書館車のエンジン音が、遠くから聞こえたような気がした。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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