これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
デスクの電話が鳴った。受話器の向こうから聞こえてきたのは、県外の図書館に長く勤めているという女性の声だった。私たちのロマコメ号の活動――仮設団地を巡り、手渡しで本を貸し出していること――を何かで知り、どうしても伝えたかったのだという。
「感動しました。図書館の『原点』を見た気がして」
電話越しにも、彼女の声が少し潤んでいるのがわかった。システム化された貸出業務や、自動貸出機が当たり前になった今、私たちがやっているような、一冊一冊を手渡し、言葉を交わす活動が、彼女には眩しく映ったのかもしれない。
「人が、人に届ける。その当たり前の温かさを、思い出させてもらいました」
――原点。
受話器を握る手に、じわりと汗が滲んだ。正直に言えば、私にはその「感動」が、少しだけ大きく、余所行きの服を着ているように感じられた。だって、移動図書館なんて、どこにでもあるサービスだ。珍しくもなんともない。それに、私たちがやっていることは、そんな崇高な理念から始まったわけじゃない。
あのことの後。図書館が避難所になり、本が瓦礫に埋もれ、建物としての機能を失ったとき。私たちには、車に本を積んで走ることしか、残されていなかった。パン屋さんがパンを焼いて配るように。お医者さんが聴診器を持って回るように。図書館員だから、本を持っていく。「待ってるよ」と言われたから、会いに行く。それは、呼吸をするのと同じくらい、切実で、当たり前の「生活」の一部だった。
「すごいことをされていますね」
彼女の言葉を、私は否定しなかった。「いえ、普通のことです」なんて、突き放すこともできなかった。彼女の声色が、大切にしていた古いアルバムを久しぶりに開いた時のような、懐かしさと切なさを帯びていたから。彼女が見ていたのは、私たちというより、彼女自身が長いキャリアの中でいつの間にか置き忘れてきてしまった、本の重みや、手渡す瞬間の体温だったのかもしれない。
「ありがとうございます。励みになります」
私がそう答えると、彼女はほっとしたように息をついた。
電話を切ったあと、そばにいた真木まき先輩と少し話をした。
「そうね、焦ってはいなかったけれど、できることをできるところからって、すぐに動き出したものね、私たち」
真木先輩がいつもの柔らかな笑顔で言う。
「『原点』と言われてみれば、そうなのかもしれない。私には浮かばない言葉だが」
珍しく、高島副館長が話に加わってきた。
原点かどうかは、私にもわからない。ただ、私たちは明日もロマコメ号のエンジンをかける。あの団地の、あのおかあさんが楽しみにしている時代小説の続きを持って。それは、今の私にとっての揺るぎない「普通」だ。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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