これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
図書館の再開は、また延期になった。かつて閲覧席だった場所を埋め尽くす支援物資の段ボール箱たちは、まだしばらくあそこから動かないらしい。
その代わり、地下駐車場に新しい仲間が増えた。ロマコメ号よりふた回りほど小さい、白いバン。人員は増えないのに、管理すべき車両台帳の数字だけが「1」から「2」へと書き換わる。非効率。脳内の業務フローが一瞬赤い警告灯を点滅させたが、すぐに消した。
今日は、その「名無し君」の初陣だった。行き先はボストー区で一番大きな仮設団地。ロマコメ号と二台体制で乗り込むと、ちょっとしたパレードのようだ。
マイクロバスを改造した新しい図書館車は、靴のまま中に入れるウォークスルー型。雨風をしのげる「動く書斎」。初々しいというより、どこか誇らし気に感じる。対して、ロマコメ号は、側面のハッチが翼のように跳ね上がる小ぶりなタイプ。外から棚の背表紙を眺めるだけの、いわば「屋台」だ。
設営を終えると、さっそく常連のおかあさんたちが集まってきた。
「あら、今日は二台かい? 豪華だねえ」
「ちなっちゃん、こっちは中に入れるんだね?」
新しい貸出カードを作りながら聞いてみた。
「どっちがいいですか? やっぱり、中に入れるほうが落ち着きます?」
私は、空調まである新車に軍配が上がると予測した。けれど、杖をついたおかあさんはロマコメ号の翼の下、風に吹かれながらこう言った。
「私は、こっちの小さいほうがいいね」
意外な答えに、バーコードリーダーを持つ手が止まる。おかあさんは、「名無し君」の入り口にあるステップと、その奥に広がる書架のトンネルをじっと見つめて言った。
「大きいほうはさ、混んできたら、息苦しそうだもの」
――息苦しい。
視界が一瞬、灰色に染まった。あの日の体育館。あるいは、避難所になった図書館の床。隣の人との隙間は数センチ。毛布一枚の境界線。他人の吐息、汗の匂い、埃っぽい空気。逃げ場のない「箱」の中の記憶。
ウクライナ民話の絵本『てぶくろ』が頭をよぎる。おじいさんが落とした手袋の中に、動物たちが次々と入り込んでいく。最初は暖かそうだが、最後には今にもはち切れそうに膨れ上がって……。物語の中では「無理やり入りました」で済むけれど、現実の「箱」には、耐えられる容量がある。
外界から守られた安全なシェルターも、おかあさんには、一度入ったら簡単には出られない、あの日の「詰め込まれた場所」を想い出させるものだったのかもしれない。
「こっちなら、すぐ空が見える」
おかあさんはそう言って、ハッチの外に広がる、少し雲の多いボストー区の空を見上げた。私は、ただ「そうですね」と頷いた。
撤収の時間。 新しい図書館車のドアが重たい排気音を立てて閉まる。続いて、ロマコメ号のハッチを下ろす。乾いた金属音が、風に流されて消えた。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/01/tops2.jpg)
