連続ジェミ庵小説(6)

第16話 呪術書の装丁と肯定の密室

【登場人物】
ダダダさん:
完全共感体の不思議おじさん。相手を無条件に肯定し、隠された本性を引き出す。
竜泉寺 砌:元ここあん図書館長の美学者。作品を品定めする権威だが、根底に創作へのコンプレックスを抱える。

【スポット】
ここあん大学哲学科棟の地下にある第四資料室。今回は、オカルト文献が乱雑に積まれた、論理の通用しない薄暗い保管庫。

導入:第四資料室。竜泉寺は山積みされたオカルト文献の中から一冊の古い呪術書を手に取り、非科学的な内容には目もくれず、革表紙の装丁の美しさのみをルーペで熱心に鑑定している。部屋の隅にはダダダさんが座り、ただ壁を見つめている。竜泉寺がカビの匂いと乱雑な本の配置に文句を言った瞬間、背後の重厚な鉄の扉が大きな音を立てて閉まる。竜泉寺はドアノブを引くが、扉は全く動かない。

展開:竜泉寺は密室の恐怖を隠し、強がって背筋を伸ばす。彼は薄暗く無秩序なこの空間がいかに自身の美学に反しているかを高圧的な態度で語り始める。ダダダさんは「ほんとだねー」と深く頷く。竜泉寺はその絶対的な肯定に気を良くし、魔術や奇跡にすがる人間は自らの力で美を構築できない弱者であると批判の矛先を広げる。 すると、ダダダさんは竜泉寺をまっすぐに見つめ、「なんか面白いこと言って」と口を開く。 竜泉寺は言葉に詰まる。彼はその一言を、他者の作品を論評するだけで自らは何も生み出さない自分への痛烈な指摘だと解釈する。竜泉寺は美学者としての威厳を保つため、かつて出会った完璧な大理石彫刻の黄金比について淀みなく解説する。しかしダダダさんは「ほんとだねー」と相槌を打ち、間髪入れずに「なんか面白いこと言って」と再び要求する。 自らの知識が「面白くない」と判定されたと感じた竜泉寺の中で、長年抑圧されていた泥臭い表現欲求が暴走を始める。彼は床に落ちていた儀式用の奇妙な仮面を顔に被り、本に描かれた悪魔がいかに不器用な日常生活を送っているかという、教養の欠片もない荒唐無稽な作り話を大きな身振り手振りで演じ始める。

結末:竜泉寺は上着を脱ぎ捨て、仮面を被ったまま床を這い回り、見えない悪魔と格闘する一人芝居を大汗をかいて熱演する。全身を埃まみれにして息を切らす竜泉寺に対し、ダダダさんは満足そうに「ほんとだねー」と微笑む。 そこへ、ただ立て付けが悪かっただけの鉄の扉が、外からの風圧でゆっくりと開く。廊下の明るい光が、床に四つん這いになったままの竜泉寺を照らし出す。ダダダさんは立ち上がり、軽い足取りで部屋を出ていく。竜泉寺は自らの崇高な美学が完全に崩壊した事実を受け入れられず、仮面を被った四つん這いの姿勢のまま、開いた扉を静かに見つめ続ける。

第17話 箸袋の余白とピントのズレ

【登場人物】
硯 毛八:
音巴里荘に住む書道家。すべての事象を書道の精神論に結びつける不器用な男。
ショパン:ここあん高校の生徒。世俗には疎いが、物事の構造を俯瞰して楽しむ穏やかな少年。

【スポット】
映画館「夕日座」のロビーカビと古紙、焦げたキャラメルの匂いが漂う、古い映画館の談話室。赤いビロードの座席が並ぶ。

導入:夕日座のロビー。ショパンが赤いビロードのソファーに深く腰掛け、これから上映される映画のパンフレットを静かに読んでいる。そこへ、別の上映を終えたばかりの硯が、仙人のような長い顎髭を揺らしながら大股で歩いてくる。硯はショパンの隣にどっかりと座り、見ず知らずの彼に向かって、今観たばかりの映画に対する不満を唐突に語り始める。

展開:硯の怒りの原因は、映画の物語や俳優の演技ではない。スクリーンに大映しになったタイトルロゴの「払い」の角度と、画面内の余白の取り方がいかに力不足であるかという一点に集中している。硯は身振り手振りを交え、空間を切り裂くような気迫が足りないと熱弁する。 ショパンはパンフレットから顔を上げ、硯の言葉を遮らずに聞く。ショパンは、映像の深刻さと背景で流れる軽快な音楽のズレが意図的な滑稽さを生み出している点について、平易な言葉で自身の見解を述べる。 硯はショパンの冷静な分析を、書道における「墨の飛沫と紙の摩擦」という独自の精神論に勝手に翻訳して受け取る。硯はショパンを真の芸術の理解者だと勘違いし、興奮して立ち上がる。彼は懐からしわくちゃの箸袋を取り出し、筆ペンで力任せに文字を書き殴ってショパンの目の前に突きつける。

結末:ショパンは突きつけられた箸袋を両手で受け取る。彼は文字の意味には触れず、紙の端ギリギリまで筆を走らせたその極端な配置を見て、意図的に均衡を崩すことで生まれるおかしみを見出す。ショパンが「予定調和を嫌う構成ですね」と素直に感心すると、硯は自らの魂が伝わったと歓喜する。 硯は財布から大量の古いレシートや割引券を取り出し、次々と猛烈な勢いで文字を書き、ショパンの膝の上に積み上げていく。ショパンは嫌がる様子もなく、それらを一枚ずつ丁寧にパンフレットのページに挟み込む。 館内に次の上映を知らせるブザーが鳴る。ショパンは立ち上がり、大量の紙片で分厚く膨れ上がったパンフレットを抱えて劇場内へ歩いていく。硯は達成感に満ちた表情でその背中を力強く見送る。しかし、硯の座っていたソファーには、彼が大事に持ち歩いていた特注の高価な筆ペンが置き去りにされている。

第18話 名誉教授の社会批評と怪獣の予兆音

【登場人物】
音山 拾:映画録音技師。世の中のあらゆる「音」の収集に執着する青年。
谷崎 かおる:ここあん大学名誉教授。頭脳明晰だが、自らの知性に無自覚な自信を持つ。

【スポット】
郷田剛の屋敷の「離れ」 大学院生である権田猛の居候先。陰謀論に関する資料が散乱する薄暗い部屋。

導入:郷田剛の屋敷の「離れ」。家主の権田はスーパーの特売日の手伝いで不在。谷崎かおるが、弟子の権田を探して部屋を訪れる。部屋の中央では、録音技師の音山拾がヘッドホンを装着し、古い窓枠が風でガタつく音に向けて長いガンマイクをじっと構えている。谷崎が不審に思い大声で問い詰めると、音山はヘッドホンをしたまま無言で振り返り、マイクの向きを谷崎の口元へスッと向ける。

展開:谷崎は目の前に突きつけられたマイクを見て、音山を自身の先鋭的な思想を記録しに来た熱心なインタビュアーだと勘違いする(というか、過去の栄光の記憶が交錯しておかしくなる)。谷崎は、権田のような研究者が特売日のレジ打ちに駆り出される現状を挙げ、社会の構造が若者の才能をいかに搾取しているかという持論を平易な言葉でまくしたて始める。 音山はマイクを持ったまま、谷崎の顔の周りをゆっくりと移動する。谷崎は自分の言葉の重みが相手の心を捉えていると思い込み、次第に熱を帯びていく。彼の論理はエスカレートし、地域の商店街の存在そのものを不合理だと切り捨てるような過激な発言へと飛躍する。 しかし、音山の関心は谷崎の語る内容には一切ない。音山は、谷崎が興奮して早口になった際に生じる「乾燥した唇の摩擦音」や「微かな息継ぎの破裂音」に魅了されており、その音響的特徴を完璧に拾うためだけにマイクの角度と距離を緻密に調整し続けている。

結末:谷崎が一通りの批判を語り終え、誇らしげに顎を上げる。谷崎が録音の出来栄えについて感想を求めると、音山はヘッドホンを外し、今の声に混じる摩擦音が巨大な爬虫類が威嚇する際のノイズとして完璧だと絶賛し、自主映画の怪獣の予兆音として採用すると嬉々として告げる。 谷崎は自らの鋭い社会批評が単なる「怪獣のノイズ」として評価された事実に愕然とし、顔を赤くして怒鳴りつけようとする。 その時、スーパーの法被を着た権田が、客の波から逃げ出してきて息を荒らげながら部屋に駆け込んでくる。音山は即座に谷崎からマイクを背け、権田の切羽詰まった荒い息遣いへとマイクを向ける。谷崎はあっさりと無視されたことに苛立ち、怒りに任せて床を強く踏み鳴らす。音山は振り返らずにマイクを持たない方の手を谷崎に向け、録音の邪魔をするなと手で制止のサインを出す。

(第19話へ続く)作・Gemini+NotebookLM 編集補・千早亭小倉

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