ものがたり一覧

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お題005. 不便の天才

新宿S亭の楽屋、出番を終えた馬太郎が、手際よく着物を畳んでいる。その横で、弟弟子の歌吉が、馬楼が忘れていったクタクタの羽織を苦笑いしながら眺めていた。「しかし、馬楼兄さんは、ある意味じゃ天才ですよね」馬太郎が、自分の真っ新な足袋をパチンと弾...
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お題004. 鉄路の軋みと耳の聖域

高架下の歩道は、湿った鉄錆と、安っぽい揚げ油の匂いが混じり合って停滞している。頭上を、帰宅急行の数千トンが通り過ぎようとしていた。「…………っ」ひなは足を止め、奥歯を噛みしめる。耳を塞ぎたい衝動を、かろうじて理性が抑え込んでいた。彼女にとっ...
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お題003. 白と黒の不均衡

スタジオの防音扉が閉ざされた密室には、空調の微かな駆動音だけが沈殿している。ひなは、練習の手を止め、グランドピアノの鍵盤蓋フォールボードの黒塗りに映り込んだ、自分の指先を見つめていた。二十五年以上、毎日飽きもせず叩き続けてきた八十八個の並び...
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お題002. たい焼きの切り身

築四十年の木造アパート「メゾン干物箱」の二階には、昼下がり特有の、煮出したはぶ茶のような香ばしくて気怠い匂いが漂っている。西日が腰をかがめて、破れた障子の隙間から差し込み、畳の上に細長い光の鍵盤を描く。その光の上で、馬楼とひなが向かい合って...
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氷上静ひとりコント

【登場人物】氷上 静(ひかみ しずか):現代思想家兼ブックカフェオーナー。世界を完璧な論理で整理したいが、物理的な「糊のり」や「汚れ」といった現実の粘着性に弱い。【場面設定】深夜のブックカフェ「シズカ」の厨房。営業が終わり、静けさに満ちた空...