14. 手順書という生痕化石

夕方、論文の参考文献を探しに大学を出て、いつものカフェに立ち寄った。カウンターの向こうには見慣れない青年が立ち、いつもの青年はその隣で静かに指示を出している。新人教育のようだ。

「豆を挽いたら、次はタンピング。垂直に、均等な力で。それから抽出は25秒」

彼の言葉は、彼自身の普段の所作とは全く異質だった。彼の本来の動きは、豆を挽くところからミルクを注ぎ終えるまで、淀みなく続く一つの連続体アナログだ。しかし、彼が新人に与えているのは、プロセスを細かく分断し、番号を振った不連続なデジタル指示の集合体だった。

これは、複雑なスキルを伝達するために、避けられない情報量の欠損なのだろう。身体化された暗黙知を、言語という記号に変換する過程で、多くの情報が失われる。湿度による豆の状態の変化、マシンの微細な振動、ミルクが泡立つ音。そういった、彼の感覚器だけが捉えている無数のフィードバックは、手順書には記載され得ない。

この光景は、生痕化石(Ichnofossil)の研究に似ている。我々は、断続的に残された足跡から、生物の歩行という連続的な運動を復元しようと試みる。足跡の連なりは、生物がそこにいたことを示す決定的な証拠だが、その足跡と足跡の間にある、筋肉の緊張や体重移動といった情報は永久に失われている。

新人は、その不連続な生痕化石を、何度も何度もなぞることで、失われた動きを再構築していくのだろう。ぎこちない金属音が響く。それは、断片的な記録から、生きたシステムを復元しようとする、不器用で、しかし誠実な試みの音だった。

化野環「古生物学小日記」

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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