ショートショート「ここあんタワー竣工式」

これはまだ、ここあん村が「あのこと」を経験するずっと前のこと。

静寂の中、ここあん村長の緑野翠が壇上に立つ。ビリジアンのドレスが、朝日に映える。彼女は、ゆっくりと息を吸い込み、そして――。

「村長の緑野翠でございます。上から読んでもミドリノミドリ、下から読んだらリドミノリドミ、てへっ」

翠の「てへっ」を引き取って、FMここあんのエンジニア、「サノケン」こと佐野健が首を傾け舌先を「ペロ」っとのぞかせる。FMここあんは、ここあん村内全域に情報を発信するコミュニティFM局だ。村内のランドマークといえるここあんタワー竣工に伴い、ここあん大学にあった局の拠点も、タワー1階に移されることになった。

「本日は、ここあんタワーのグランドオープン、誠におめでとうございます」」

竣工式の中継のため、同行していた局の仲間、DJの鈴本美沙(愛称「ミサンガ」)と目が合ったサノケンが、今度はひとりで翠のおはこの「てへペロ」を完成させていた。美沙が苦い顔でサノケンをにらむ。

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「……下から読んだらリドミノリドミ、てへっ」

ここあんタワーの完成記念式典の様子は、翠の「てへっ」とともに、村内の喫茶店「小古庵」にも流れていた。ラジオなので見えはしないのだが、会場では緑色のスーツを着た緑野翠村長がマイクの前でぼよんぼよんと跳ねている姿が思い浮かぶのか、店のカウンター席で、常連の徒然士がおんぼろラジオの円形スピーカをにらみつけている。

村内の私立ここあん大学の日本文学講師、徒然士。つれづれではない。「ただ」が苗字、「ぜんじ」が名前だ。その徒然士先生、今度は手にした区の広報誌『月刊ぽんちょ』の記事を忌々しげに睨みつける。そこには、区内在住の文化人代表として、能楽研究家の獅子王院鏡水によるここあんタワー竣工記念に寄せた原稿が掲載されている。

「なんですと、なーんですと、『天空を穿つ玻璃の尖塔……』ですと? これまた古臭い表現を。頭からちょんまげが生えるわ」

獅子王院氏の原稿はこう続く。

「それは、かつて広大な武蔵野の沃野であったこの地に突如として出現した、未来への跳躍台。陽光を万華鏡の如く反射するその肌は、悠久の時を刻む古の記憶と、黎明を告げる未来の予兆。天空を貫く摩天楼の冷厳と、大地を潤す森羅万象の息吹。深淵に沈む静謐の帳と、狂騒を奏でる現世の調べ。相容れぬ二つの世界は、月の満ち欠けのように惹かれ合い、星々の巡りのように重なり合い、そして、未だ誰も見たことのない地平を、静かに、しかし確実に、紡ぎ出してゆく」

徒然士氏、文化人代表に選ばれずすねている様子もある。

氏の隣では区内在住の名物落語家、24時間いつ見かけても酔っている酔酔亭馬楼が、床に届かぬ足をぶらぶらとさせている。今日もトレードマークの赤いオーバーオール姿で徒然士先生の手元の雑誌を覗き込む。

「なんだよつれづれ~、はりのせんとうって? 鍼の先っちょかい、それとも喧嘩のほうの戦闘かい? 鍼を打って、喧嘩を売って、ついでに私も売れりゃいいなんて、座布団ちょうだい」

「ばーろーも珍しく面白いことを言うじゃないか。でもね、違うんだ。『玻璃』はガラス、ガラスのとんがったタワーが空に向かって伸びてるってことだね。そう書けばいいんだよ。ちょんまげ生えるわ」

つれづれは徒然士の、ばーろーは酔酔亭馬楼のそれぞれあだ名である。もちろんこんなことは覚えなくて大丈夫。ついでに、ここあん村だけで流行り出した、「ちょんまげ生えるわ」もテストには出ない。

「まあまあ、お二人とも。おめでたい日なんですから。温かいものでもどうぞ」

喫茶「小古庵」の神崎志乃ママがシナモンとクローブの香りが漂うホットワインを、二人の耐熱グラスに注いだ。

「これは、新しい時代の幕開けを祝う、とっておき。それにしても寒いわね、雪になるってラジオで言ってたけれど」

志乃が近くに来ただけで、でれっとするつれづれとばーろーの二人。志乃ママに合わせて、外に目をやる。

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さて、こちらはココアンタワー1階に移ったばかりのFMここあん。壁には、局長の田中前みち太の口癖をそのまま使った「ここにあんねんよ」という局のキャッチフレーズが何枚も貼り付けられている。

タワー竣工記念の中継が一息ついたところで、ミキサーの「おはなはん」こと宏原こはながヘッドホンを外し、伸びをした。

「お疲れ様、おはなはん。今日の選曲も最高」

DJの高橋あゆみがマグカップを手に取り笑いかける。

「ありがと、あゆ。あ、そういえばさ」おはなはんが、いたずらっぽく目を細める。「この前、局長がここあんタワーの名前の由来を新人さんに力説してたんだけど、あゆも聞いてた?」

「応募総数は1万件を優に超えて、最終候補は『ここあんタワー』と『ココアの森』の一騎打ちになったんだよね」

「局長ったら、ネーミングコンテストの話、楽しそうにするよね」

おはなはんが、「ああ、呑み行きたい」と小さくつぶやきながらマグカップのコーヒーをすする。

「でも、タワーの名前って、緑野村長が最終的に決めたんでしょう?」

「局長は、まるで自分が決めたみたいに語るけどね。武勇伝かって勢いで」

笑い声が大きくなり、さすがに辺りを見回すふたり。

「でもさ、最終候補に残った『ココアの森』って、なんであんなに人気があったの? 組織票があったって噂、どうなんだろうね本当は」

「ああ、あったね噂。地元の和菓子屋さんが裏で糸を引いてたって。お菓子はあんまり糸ひかないほうがいいよねって話もあって」

「それに、『ココアの森』って、ココアン区の未来をイメージしてたらしいけど、ココアって未来なの?」

「確かに。私は、候補の中では『タワー・オブ・ドリームズ』が好きだったな」

「夢があるよね。そういや『十六』なんてのもあったよね」

「あったあった。お茶か、みたいに言われてた」

「私はね、『ココアン・スカイツリー』推しだった」

「でも、それもろパクリじゃん」

おはなはんがツッコミを入れる。

しばらく、それぞれが勝手な意見を言い合っていたところに、局長の田中前みち太が入ってきた。まだ貼りたりないのか「ここにあんねんよ」と手書きマジックで書かれた紙を何枚も持っている。

「ココアだけに、ホットな未来ってか?」

室温が2、3℃下がる。

「局長、それ、面白いと思って言ってます?」

おはなはんが、呆れたように言った。

「いや、その」

局長は、バツが悪そうに頭を掻き、また出て行ってしまった。その様子を見て、二人は吹き出した。そこに、サノケンとミサンガが中継から戻って来た。

「あ、ミサンガ聞いてよ。局長ったら」

「なになに」

局内には、しばらくの間スタッフの笑い声が響き渡っていた。ここあん大学に拠点があったころの穏やかさは、未来の尖塔に移っても変わらないようだった。

これはまだ、ここあん村が「あのこと」を経験するずっと前のこと。

作・千早亭小倉

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