これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
巡回を終え、ロマコメ号を地下の車庫に戻す。エンジンを切り、静寂が戻った車内でハンドルに額を押し当てていたら、ふと、あの頃の匂いを思い出した。埃と消毒液と、大勢の人の息遣いが混じり合った、あの重たい空気の匂いを。
あのことから、まだ数カ月しか経っていなかった頃だ。私たちの図書館は、図書館ではなくなっていた。本来の静けさは、不安と疲労が入り混じった人々のざわめきに取って代わられ、床には毛布が敷き詰められていた。空調の低い唸りと、どこからか聞こえる小さな泣き声。NDC(日本十進分類法)が、何の意味も持たない世界。書架の間にも、児童書コーナーにも、物資の入ったダンボール箱が積み込まれ、そうだ、トイレには洗濯機が置かれていた。
あの薄暗がりの中で、私たち図書館職員は、昼間は避難所の運営を手伝い、時間があけば、ただ黙々と現有図書の確認や再登録作業を続けていた。電力が不安定な中、ノートパソコンのバッテリー残量を気にしながら。当時の館長や、高島課長、真木先輩、美桜さん……皆、疲労の色は隠せないのに、それでも互いに穏やかな物言いを忘れないように努めていた。
本が物理的に失われるだけでなく、本が持つ「秩序」そのものが、あの巨大な無秩序(カオス)に飲み込まれてしまうことが私には怖かった。一点一点、データを登録する。その行為だけが私たちが正気でいられるための唯一の防衛線だった。
私のこの、完璧な分類と秩序へのこだわり は、みんなが寝静まった、あの避難所の冷たい床の上で生まれたものだ。私も、真木さんも美桜さんも、「ブック・ピープル」になったのかもしれない。レイ・ブラッドベリの『華氏451度』に出てくる。本が焼かれる世界で、物語を丸ごと暗記し、自らが「本」となって未来へ繋ごうとした人たち。
「これは、図書館は当分は開けないだろうなあ? どうなるんだか」
ロビーで、住民の方のそんな話に対応している館長の姿を、何度も見た。そのたびに、胸が締め付けられた。
今も、図書館は完全な形では開いていない。でも、私たちには、このロマコメ号がある。本が借りにくい状況の人は、まだ大勢いる。これからも、私はロマコメ号を走らせる。あの日の「当分は開けないだろう?」という声に、私は今、この小さな走る書斎で応え続ける。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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