移動図書館日記(53)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

同僚の鈴木美桜さんの業務日報を読んだ。あの、少しだけ丸っこい、彼女らしい文字で、こんなことが書かれていた。

「活田地区の巡回中、地元の方が『美桜ちゃん、ここは「かった」じゃねえよ。「かつた」だよ』と教えてくれた。別の方は『かった』と言っていた。どっちが正しいんだろう?」

私の頭の中の索引カードが、カタカタと音を立てる。『分類:NDC 291.36(ここあん村地理)』『項目:活田』『読み:カッタ/カツタ』……。

毎年「カツカレーまつり」を開いていた、「克枯」地区は「かっかれ」ではない、というのは私も知っていたけれど、以前「『こくこ』って読むんですか?」と村外からのボランティアさんに聞かれたことがあった。

そして、「活田」。読み方が揺らいでいる?  私の台帳では、どちらかに統一してフリガナを振らなければ、完璧な秩序が保てない。一つの地名に、二つの読み? それは、私の分類棚では「エラー」だ。

図書館の呼び名だってそうだ。正式名称は「ここあん村立図書館」だけれど、フルネームで呼ぶ人はほとんどいない。緑野村長くらいのものだ。簡単に「図書館」と略して呼ぶ人がほとんど。「ここあん図書館」と呼ぶ人もいる。中には「本屋さん」という人や、私個人の名前に図書館の意味も含めて「ちなっちゃん」と呼んでくれる人まで。私の仕事は、物事を分類し、正しい場所に収めることなのに。この村は「揺らぎ」で満ちている。

ふと、三浦しをんさんの『舟を編む』を思い出した。新しい辞書を作るために、言葉の海を渡り、一つ一つの言葉に「正しい」意味と場所を与えようと奮闘する人たちの物語。あの、紙の手触りまで伝わってくるような、言葉への執念。それは、私の「分類」への渇望と、どこか似ている気がする。

でも、あの物語で彼らは、言葉を「採集」していた。「今、この瞬間、その言葉がどう使われているか」を、丁寧に、謙虚に。

「かった」も「かつた」も、両方とも、今この村で使われている「正しい」言葉なのかもしれない。高島課長なら「『かった』一択だ」と言うだろうか。課長の顔が思い浮かんで、ちょっと笑ってしまいそうになった。

ただ、私の仕事は、辞書を作ることではない。それでも、ロマコメ号で聞くたくさんの声、美桜さんが日報に書き留めたあの「揺らぎ」そのものを記録していくこと。それこそが、「あのこと」を経て、今を生きるこの村だけの、大切な「用例集」になっていくのかもしれない。

(昔の私なら、「どっちでも通じればいいですよー!」なんて、美桜さんと一緒に笑っていたかもしれないな……)

今の私には、手帳の隅に「活田(かった/かつた?)」と、小さく書き加えることしかできなかった。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

BMサブカテゴリー
higashiboctokをフォローする
タイトルとURLをコピーしました