2. 放電と命名

夕刻、空が唐突にその相貌を変えた。積乱雲が研究室の窓を覆い、世界から彩度を奪っていく。数分後、凄まじい光量と衝撃波が、大気を震わせた。放電だ。

人々はこれを「ゲリラ豪雨」と呼ぶらしい。予測困難な局地的豪雨を、奇襲をかける非正規戦闘員になぞらえる。なるほど、人間の理解の範疇に収めるための、一種の命名ラベリング行為か。だが、その名付けは、この現象が持つ多層的な側面を削ぎ落としてしまう。システムに対する解像度を、著しく低下させる行為に思えてならない。

あの閃光は、単なる破壊ではない。高エネルギーによって大気中の窒素分子(N2​)は引き裂かれ、酸素と結合して窒素酸化物を形成する。それは雨に溶け込み、土壌を肥沃にする天然の窒素固定だ。40億年前の原始地球でも、同じような放電が繰り返され、無機物からアミノ酸が合成される一助になったという仮説がある。生命のスープをかき混ぜた、巨大なスターラー。

窓ガラスを叩く雨粒を見ながら思う。人々が忌避するあの轟音は、かつて生命の揺り籠を満たした音の、遠い残響なのかもしれない。そう考えると、この窓の外で起きている事象は、「迷惑な豪雨」という一層から、何億年も続く地球の化学反応という地層へと、その姿を変える。今日のこの記録もまた、私の思考の地層に積もる、新たな堆積物だ。

環奈への手紙(2)

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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化野環「古生物学小日記」
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