研究室のモニターに、オパビニアの化石の三次元モデルを映し出していた。バージェス頁岩から発見された、五つの眼と、先端にハサミを持つ吻部が特徴の奇妙な生物。その精緻な形態を眺めていると、背後から別の研究室の院生に声をかけられた。
「うわ、面白い形。五つ目とか、変なの」
彼は何の気なしにそう言ったのだろう。彼の言う「普通」の基準は、現生の生物、特に昆虫や甲殻類といった、カンブリア紀以降の大量絶滅を生き延びてきた系統の形態に基づいている。その座標系から見れば、オパビニアは確かに「変」なのだろう。
しかし、カンブリア紀の海において、この形態は一つの最適解だったはずだ。五つの眼は広範囲の視覚情報を処理するため、奇妙な吻は効率的に獲物を捕らえるための機能的帰結。その生態系の中では、それは決して「変」なものではなく、生存競争を勝ち抜くための洗練されたデザインだった。
「変」という言葉は、現代という、たまたま生き残った者たちの視点から過去を裁断する、一種の時間的暴力だ。我々が持つ美醜の感覚や、「普通」の定義そのものが、幾度もの絶滅イベントを濾過した結果として形成された、極めて偏ったフィルターでしかない。
その無邪気な一言は、五億年の時を超えて存在しているこの生物の内的論理――その形態が持つ意味と機能のすべてを、現代という一点からの評価で無効化してしまう。モニターの中で、オパビニアは静かに沈黙している。彼にとっては、我々こそが理解不能な形態を持つ、「変な」生き物なのかもしれない。
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