これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。
仙台での用事を済ませ、新花巻から釜石線に揺られてやってくる菜箸千夏さんを、遠野駅まで車で迎えに出た。
私が住む鱒沢の駅で降りてもらってもよかったし、なんなら仙台か新花巻まで迎えに行こうかとも提案したのだが、彼女は「自分の足で向かいますので」と、とても丁寧で、かつ絶対にお断りというトーンの返事をよこした。そんな生真面目さがいかにも彼女らしい。今日は買い出しの予定もあったので、結局、遠野駅の改札前で彼女を待つことにした。
やがて改札から姿を現した千夏さんは、長旅の後だというのに背筋がピンと伸びていて、凛とした佇まいはここあん村で言葉を交わした頃のままだった。
「ひさしぶり」
「……来ちゃいました」
「長旅、疲れたでしょう」
「いいえ、大丈夫です。お気遣いなく」
お互いに緊張を隠しきれず、まるで台本をなぞるような、真面目同士の硬いやり取りになってしまった。
彼女を助手席に乗せ、駅近くのショッピングセンター「とぴあ」へ向けて車を走らせる。ほんの数分、いや数十秒の短い距離だ。
「こっちは寒いでしょう?」
暖房の風量を少し上げながらそう言った直後、私は自分で自分の言葉がおかしくなり、思わずくすくすと笑い声を漏らしてしまった。
助手席で怪訝そうな顔をする千夏さんに、「ごめんなさい」と首を振ってネタバラシをする。
「なんだか、すっかり土地の人間みたいなことを言っている自分が、少しおかしくて」
私はいつまでも、この土地に対して「よそもの」のままだと思っていたのに。
とぴあの駐車場に車を停め、エンジンを切った静寂の中で「図書館の集まりはどうだった?」と尋ねてみた。
「はい。とても、ためになりました」
淀みのない、真っ直ぐな返答。私はその言葉を頭の中で反芻した。
「……優等生の返事ね」
思ったことが、フィルターを通さずにそのまま口から出ていた。普段の私なら、相手の領域に踏み込むような言葉は病的なほど恐れて避けるのに。
けれど、何事にも正解を探し、きちんとしていようとする彼女のその姿勢が、かつて被災地で必死に「正しさ」を握りしめていた私自身にあまりにも似ている気がして……ほんの少しだけ、この真面目な彼女の鎧をからかって、突っついてみたくなったのだ。
これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。
中野文
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