移動図書館日記(104)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。

仙台での用事を済ませ、新花巻から釜石線に揺られてやってくる菜箸千夏さんを、遠野駅まで車で迎えに出た。

私が住む鱒沢の駅で降りてもらってもよかったし、なんなら仙台か新花巻まで迎えに行こうかとも提案したのだが、彼女は「自分の足で向かいますので」と、とても丁寧で、かつ絶対にお断りというトーンの返事をよこした。そんな生真面目さがいかにも彼女らしい。今日は買い出しの予定もあったので、結局、遠野駅の改札前で彼女を待つことにした。

やがて改札から姿を現した千夏さんは、長旅の後だというのに背筋がピンと伸びていて、凛とした佇まいはここあん村で言葉を交わした頃のままだった。

「ひさしぶり」

「……来ちゃいました」

「長旅、疲れたでしょう」

「いいえ、大丈夫です。お気遣いなく」

お互いに緊張を隠しきれず、まるで台本をなぞるような、真面目同士の硬いやり取りになってしまった。

彼女を助手席に乗せ、駅近くのショッピングセンター「とぴあ」へ向けて車を走らせる。ほんの数分、いや数十秒の短い距離だ。

「こっちは寒いでしょう?」

暖房の風量を少し上げながらそう言った直後、私は自分で自分の言葉がおかしくなり、思わずくすくすと笑い声を漏らしてしまった。

助手席で怪訝そうな顔をする千夏さんに、「ごめんなさい」と首を振ってネタバラシをする。

「なんだか、すっかり土地の人間みたいなことを言っている自分が、少しおかしくて」

私はいつまでも、この土地に対して「よそもの」のままだと思っていたのに。

とぴあの駐車場に車を停め、エンジンを切った静寂の中で「図書館の集まりはどうだった?」と尋ねてみた。

「はい。とても、ためになりました」

淀みのない、真っ直ぐな返答。私はその言葉を頭の中で反芻した。

「……優等生の返事ね」

思ったことが、フィルターを通さずにそのまま口から出ていた。普段の私なら、相手の領域に踏み込むような言葉は病的なほど恐れて避けるのに。

けれど、何事にも正解を探し、きちんとしていようとする彼女のその姿勢が、かつて被災地で必死に「正しさ」を握りしめていた私自身にあまりにも似ている気がして……ほんの少しだけ、この真面目な彼女の鎧をからかって、突っついてみたくなったのだ。

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。

中野文

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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