【登場人物】
ケニー(17):ここあん高校の学生。地味な文学少年。ヴォネガットを愛読。世界の不条理を静かに受け入れている。
菜箸 かな(34):フリーランスの翻訳家。しなやかな知性を持ち、物腰が柔らかいが、お酒が大好き。ちなみに、妹は、ここあん村図書館の移動図書館担当・菜箸千夏。
【場所】
ブックカフェ「シズカ」の窓際。午後の遅い時間。客はまばら。
(ブックカフェ「シズカ」。ケニー が一人、文庫本を読んでいる。そこへ、ノートPCを小脇に抱えた菜箸かながやってきて、近くの席に座る。コーヒーを一口飲み、ふとケニーの手元に目をやる)
かな:……(ケニーに小さく会釈する)
ケニー:(かなの存在に気づき、慌てて会釈を返す。内心、同級生のリリカや文芸部部長の黒崎文とは違う、穏やかな大人だ、と少しホッとする)
かな:あの、もし違ったらごめんなさい……もしかして、『タイタンの妖女』ですか?
ケニー:(ビクッと肩が揺れる)あ……はい。そうです。
かな:ふふ、やっぱり。その表紙、懐かしくて。(自分のPCを開きながら)面白いですよね、それ。
ケニー:……はい。(この人は、「なぜ面白いか」とか「文学的価値は」とか聞いてこなさそうだ、と直感する)
かな:私、翻訳の仕事をしてるんですけど、あの人の文章って読んでいると変な気分になるんです。
ケニー:変な、気分。
かな:ええ。すごく大事なことを言っているようで、次の瞬間には「全部ウソでした」って言われたり。「まあ、そういうものだ(So it goes.)」って感じで。
ケニー:(かなの言葉に、思わず顔を上げる)……分かります。僕の学校、熱い人が多くて。
かな:熱い人?
ケニー:はい。「魂!」 みたいな感じとか、「その定義は?」って詰めてきたりとか……。
かな:ああ……(少し苦笑いする)「べき論」が多い場所は、ちょっと疲れますよね。
ケニー:(「この人、分かる人だ」の顔)……なんていうか、みんな「アイス・ナイン」(『猫のゆりかご』に出てくる、全てを凍らせる物質)みたいなんです。触れたものを、全部自分と同じ価値観に凍らせようとしてるみたいで。
かな:(目を丸くする)……うまいこと言いますね、高校生なのに。
ケニー:あ、いえ……(調子に乗った、と少し赤くなる)。
かな:でも、本当にそうかも。私も時々ありますよ。翻訳してて「この解釈以外ありえない!」って、自分で自分を凍らせそうになる時。
ケニー:……どうするんですか、そういう時。
かな:私? 私は、お酒で融かします。
ケニー:溶かす……。お酒で。
かな:ええ。赤ワインとか……(悪戯っぽく笑い)熱燗とかで、物理的に。「ああ、アイス・ナインもアルコールには勝てまい」なんて思いながら。
ケニー:(高校生なのでその手は使えず)お酒かぁ……(と、ぶつぶつ)。
かな:あ、ごめんなさい。大人の特権でした。……ケニー君なら、どうする?
ケニー:え?(名前を急に呼ばれたので、きょとんと)
かな:あ、ごめんなさい。制服の名札、見えちゃった。
ケニー:(あわてて名札を外す)……僕は、こういう本を読みます。どうせ全部、トラルファマドール星人(『スローターハウス5』などに登場する宇宙人)に観察されてるだけだ、って思えば、まあいいかって。
かな:……はは、そっちの方がよっぽど哲学的。(コーヒーを飲み干し)さてと。じゃあ、私は世界を救わない翻訳作業に取り掛かります。
ケニー:あ、はい。
かな:良い読書を。凍らないようにね。
(かなはPCに向かい、ケニーは再び文庫本に目を落とす。二人の間には、静かで知的な空気が流れている)
(幕)
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