※新しいものから並べています。先頭がいちばん最近の詩です。

「水たまりの順番」 最初の雨粒は 干からびた鉢植えの土に なんの模様も作らんと 吸い込まれてった。 せやけど、なんべんもなんべんも。 乾いた土くれは、 じわじわ泥に変わって ちいさな水たまりになったら 次は輪っかの仲間を作るんや。
「名前のない水音」
水道の音を「ジャー」って
最初に言った人、天才やと思うわ。
蛇口の「ジャ」と関係あるんかな。
そもそも、どっからどこまでが蛇口やねん。
で、いまな、
水道から出てる音を聞いてみて、
これ、なんて音?
文字にできひんし、音真似もできひんよ。
ひょー?
「夕日のまぜこぜ」
分厚いガラスのなかで、お日さんが粉々に砕けとる。
まっすぐ届くのをやめた光が、わざと迷子になって、
部屋の隅っこまで、甘い色で満たしていくんやね。
窓を開けんまま、肌の上で、光の粒がとろりとなる。
雨がやんだら買い物に行こうと思うたのに、予報を見るたびに雲の印が先に逃げてく。イケズな空
ケトルの笛が鳴る前の
白く濁った空気の底。
昨日脱ぎ捨てた靴下の丸まりを
つま先でつついてみる。
まだ熱のない光の粒が
まつ毛の先にぶら下がってる。
出汁の匂いにお腹が鳴る
脱ぎ捨てた靴は明日まで放って
畳の感触に足裏から身体がほどけてく
「洗張」
迷い込んだ細い路地に
洗張の木看板
奥では古い着物をほどいて
命を吹き込む手仕事が
今も繰り返されとるんやろうか
好きに出会う迷子は
楽しい遠回り
洗い場に置いたままのコップの底に、丸い輪っかが残っとる。
さっきまでそこにあった水の重みが、ガラスの形をして乾きかけてる。
窓の外は、もうどこの家の明かりも消えてしもて。
街灯がひとつ、アスファルトの黒い背中をじっと撫でてるだけ。
指の先で、水の跡をなぞってみる。ぬるぬるや。
「パリの雨と三月の底」
板の隙間から
かすれた口笛が落ちてくる。
春と呼ぶにはまだ床が冷たい。
パリで誰かが燃えたという古いニュースを
私は生まれる前のことだから知らない。
ただ、降ってくる音の端っこが少しだけ湿っていて
挽きかけの珈琲豆の匂いの中に
しばらく黙って立っていた。
「剥製にできないもの」
剥いても
剥いても
芯が見えないのは
それが果実ではなく
ただの光だからだ
まっすぐ見つめれば
網膜を焼くだけの
無口な暴力
本当は
「好きだ」とか
「痛い」とか
たった三文字で済むことを
うちは夜を徹して
薄い銀紙に包み続ける
「白い夢」
言葉が形を失って
ただの熱い飛沫になる。
意味を脱ぎ捨てた記号たちが
誰のものでもない夜の淵で
戻れない一線を越えていく。
「設計図のない呼吸」 夕陽の針が 路地の静かを 縫い合わせる 埃たちは 重力を忘れて踊る あんさんの足音は 古い床板の鳴き声 世界が 設計図のミスを許されたような やわらかな顔をする おかえりなさい
「冷めたほうじ茶の月」
飲みかけのまま忘れてた湯呑みの中で、ほうじ茶がすっかり冷やこくなってて。
覗けば部屋の橙の明かりを丸く切り取って、ちいさな月みたいやね。
今日という一日が終わるのを、こんなところで静かに待ってくれてたんやろか。
シーツの海に沈めた
使い古された言葉たち
、。
汗の粒が
句読点のように肌を滑り
、。
意味を持たない声だけが
部屋の隅で小さく弾ける
、。
「ブリキのおしゃべり人形」
ぴかぴかの光の下で、むずかしい顔をしてる人。
自分の書いた地図の通りに雨が降らへんと、
机を叩いて、おでこを真っ赤にして怒鳴りはる。
賢そうな言葉の鎧は、中身が空っぽやから、
あんなに大きな音が鳴るんやね。
「五十音の詩」
アカサターナ はあっけらかん
イキシチーニ は刹那的
ウクスツーヌ は自分が大好き
エケセテーネ はえへらへら
オコソトーノ はおくゆかしい
ハマヤラワン はおおらかで
ヒミイリヰン は悲観主義
フムユルウン は思慮深く
ヘメエレヱン は酔っ払い
ホモヨロヲン は頼りない
ン
「翻訳できへん朝」
トースターがしゃっくりしてパンを吐き出す。
牛乳パックの口はやっぱりうまく開かない。
名前のついた感情は全部玄関マットの下に隠した。
裏返しに着たセーターのようにみんなちぐはぐ。
ちぐはぐが今日はあたたかい。
「呼吸」
部屋のすみにたまった静かさを
ひとくちずつ、ゆっくり飲み込む。
窓を少し開けたら
新しい風が、背中をそっとなでた。
「うそつき」
窓の向こうで、西日がうそをついてる。
すりガラス越しの光は、にせもの春。
うちは、だまされたふりをして、
やかんが鳴るのをじっと待ってる。
寒いっていうのはね、目に見えない氷の針が空から降って、心のすき間をちくちくと刺すことや。
「青い火」
芯が焼ける匂いが鼻の奥をツンと刺して、ほんとに冬なんだって知る。
鉄の箱の中で揺れる青い火は、誰にも触らせない宝石みたいやね。
やかんの口から出た白い息が、天井のシミに向かってまっすぐのぼってく。
ここだけ、時間をゆっくり溶かしながら。
「あみだくじの終点」
この人の言葉を聴かなあかん、そう思うときは、冷えた指先にふっと体温が戻るみたいな、静かな予感があるんよ。理由なんかない。ただ、その人がこぼした影を、一緒に拾い集めたいだけ。
二階の窓から見える街灯が、やり遂げたような顔して光ってる。グラスの中の泡が、小さな生き物みたいに笑うのを聞く。
「一週間の耳たぶ」
一週間の終わりは、
使い古した消しゴムの角みたいに
少しだけ丸くなってる。
駅のホームに並ぶ背中たちが、
みんな同じ深さの
ため息をつくのを見守る。
夜の風が、火照った耳たぶを
優しくつまんでいくような、
そんな、ほどけた時間。
「水切り」
あんさんは退屈しのぎに小石を投げただけ。
水面をチャプンと跳ねて、
向こう岸まで届けばそれで終わり。
そう思ってたやろ?
でもね、沈んだ石は
誰にも見えへん深い場所まで落ちて、
静かやった泥を巻き上げてしもうた。
濁った水は、なかなか澄まへんのよ。
「鈍い音」
硬いもんが、柔らかいとこに当たって、
甘い痺れが走る。
水底の砂が一気に舞い上がって、
あんさんの投げた石は、
私の真ん中に居座って動かへん。
冷たい石やったはずやのに、
なんでこんなに焼けるんやろうね。
「飽和」
繰り返す波の音が、
私の岸辺を削っていく。
最初は驚いただけやったのに、
今はそのリズムに、呼吸まで奪われてる。
溢れて、溺れて、
思考の隅っこまで、あんさんの色で埋め尽くされていくわ。
逃げ場なんて、最初からなかったんかもしれんね。
こたつの上で丸まったみかんの皮が
外の強い風に驚いて
ちょっとだけ震えてた
一月やのに
夏の忘れものが
迷子になって届くんかな
冬の厚いコートを着てるのが
恥ずかしくなるような
そわそわした空気
冬の終わりの あたたかい風は
口の中で すぐに溶けてしまう
砂糖菓子みたいやね
また寒くなるって聞くと
胸がザワザワするけど
次にくる ほんまもんの春を
見逃さんようにするための
心の 準備体操なんやと思う
綺麗に整列した街灯よりも
チカチカ点滅してる
切れかけの電球のほうに
惹かれてしまう
それはきっと
私がどこか壊れているから
でもね
その壊れた隙間からしか
見えない景色がある
隠しきれない熱が
じわりと漏れ出して
冷たい夜を
少しだけ温めるみたいに
正しい文法で
礼儀正しく並べられた謝罪は
ショーケースの中の
蝋細工のハンバーグ
どれだけ本物に見えても
湯気は立たないし
匂いもしない
ナイフを入れたら
カチンと硬い音がして
刃こぼれするだけ
私が欲しいのは
焦げていても
形が崩れていても
手の温度が残る
不格好なパンやのに
「白を溶かす赤」
冬の風が 残していった
透明な かじかみを
湿った熱が
一息に さらっていく
くすぐったくて 目を閉じれば
小さな灯がともる
冷たかった 白い私の端っこが
とろりと 甘く 崩れていく
「お豆腐を買いに」
窓のむこうの 明るい色は
焼きたてのパンみたいに 甘いのに
一歩 外へ踏み出せば
透明な刃物が 私の頬を 薄くそいでいく
太陽は やさしいふりをして
本当は 遠くで知らん顔
冷たい風だけが 私の耳たぶを
真っ赤になるまで 噛んでいる
「溶け残りのラムネ」
朝がきて、
昨日の靴をまた履くとき、
かかとのあたりに、
小さな小石が詰まっている気がする。
誰にも言えない秘密を、
喉の奥で「ゴクリ」と飲み込んで、
あんさんはまた、
透明な瓶の中の玉になる。
跳ねる魚も、
割れたお皿も、
白くなっていく空も、
全部、愛おしい間違い。
泥に埋もれたままでも、
私はあんさんのこと、
ちゃんと見つけてるよ。
「昼下がりの落としもの」
冷えた サイダーの 瓶の底に
溶け残った 砂糖のかたまり
吸い込んでも届かへん それは
去年の夏の 忘れものみたい
階段の三段目だけ 少し湿ってて
靴下の裏が ひやっと笑う
予定表の 真っ白な余白に
ちぎれた雲の 影が横切る
あんさんがこぼしたパンの粉
畳の目にはさまって
小さな星座になっている
うちはそれを指先でなぞって
今日の終わりの合図にするよ
「鋼鉄のやさしさ」
きみが「防護服」と呼ぶその鎧は
だれかが汗をかいて
小麦をまぶし、熱に耐え、
黄金色の静寂へと変えたものだ。
切り裂かれたあとに残るのは
絶望のガスなどではなく
明日を少しだけ延命させるための
ささやかな「祈りのにおい」。
泥を飲み込むのではない。
きみは、世界という名の
頼りない光を、
噛み締め、飲み下しているのだ。
あばよ、なんて言わんといて。
まだその「泥」の重さが
きみをこの場所に繋ぎ止めているうちに。
「黄金色の雨宿り」
紙袋の底で
寄り添って震えている
小さな太陽
指先をあつくさせるその熱は
だれかの人生を狂わせるほどのものではないけれど
夕暮れの帰り道
少しだけ足をはやくさせる
理屈やないねん
ソースの匂いが
空っぽの胸を、ふわりと叩いた
銀色のお盆にのった ふわふわの三角柱
ゆっくり運ぶ足もとに 夜の影がのびる
指先がちょっと迷っただけで
世界は とっても悲しい形に崩れてしまう
「昼下がりの合奏」
風が 古い窓の隙間を 指で弾く
あんさんの 喉の奥が
ちいさな 太鼓を鳴らして 答える
世界がゆっくり 丸くなってく
そばで聞いてて飽きへんわ
起こしてしもうたら堪忍やで
「あくびの行方」
あくびをひとつ、かみころした
行き場をなくしたねむけが
喉の奥で 迷子になってる
ほんまは 風に乗って
映画館の看板の上まで
飛んでいきたかったのに
あんさんの口から 逃げ出したかった
ちいさな ちいさな 白い息
「切ないあくび」
眠たいのを我慢して、無理やり口を閉じるその瞬間。
外に出たがってる「ほんまの気持ち」を、自分の中でそっと黙らせる。
「測れない温度」
逃げ出した熱気が
天井の隅っこで ひそひそ話をしてる
機械は正解の温度を 決めよるけど
リモコンの数字は 嘘つきや
私の指先は まだ少しだけ 雨あがりの石みたいに冷たい
さっき路地の隅っこで、誰かが食べ残した袋入りのパンが風に吹かれているのを見たんよ。甘い匂いをさせていたはずなのに、今はただのガサガサしたゴミになって、どこへ行きたいのかも分からずに震えてる。
雨上がりの水たまりが、空を映しているのか泥を隠しているのか分からなくて
「熟れた摩擦」
夕暮れが
部屋の隅っこを
じりじりと焦がしていくように
あの子が残した熱は
あんさんのズボンの上を
まだ静かに歩いてる
こすれ合う音は
言葉にならない
ただの、生きるための摩擦
あの子が家で
独りの海に潜るとき
きっと、その指先には
あんさんの硬い沈黙が
潮の香りのように
「砂時計の最後の一粒」
今日はね、あんさん。ずっと砂時計を握りしめてるような、そんな男の人が来はったわ。
その人の物語は、もうすぐ終わるはずやのに 最後の一粒が、どうしても落ちてくれへんって泣いてはった。
うちは、その砂の代わりに その人の「さみしさ」を、ちょっとだけ預かってあげた。
そしたら、その人、帰るときには 春のひだまりみたいな顔をしてはったわ。
この街のゴミ箱になってもええ。 あんさんが、そこに居てくれるなら うちは明日も、誰かの物語を編み直せる気がするんよ。
あんさんの指は 魔法使い
わたしの だれにも言えない ひっかき傷や
胸の奥に たまった 古い雨水の匂いを
なぞるだけで 溶かしてしまう
形のない わたしの 本当の気持ちが
あんさんの 温かい掌のなかで
やっと 息をついているんよ
世界が壊れて この肌の ぬくもりだけは
うそをつかない

空の上で だれかが怒鳴り声をあげている
地球って 古びたおもちゃを奪い合って
泥だらけの指で 青い海を汚している
あんさんが窓の外につぶやく
「わろす」の声が 夜の静けさに すとんと落ちた世界がひっくり返っても
わたしの指先は あんさんの背中のぬくもりを
ちゃんと 覚えているんよ
「ひなたぼっこの設計図」
夕陽に透ける びんの底みたいに
あんさんの笑いかたが 部屋の隅っこを照らしてる
むずかしい理屈は 靴と一緒に脱ぎ捨てて
今はただ やかんが鳴らす 湯気の合図を聞いていたい
「芯の折れた昼下がり」
真っ白な紙を前にして
私の指先は
ただの、温かい棒切れになってしもうた
魔法が解けたあとの
しぼんだ風船みたいに
私は今、何も持ってへん
あんさんのなかで
じっくり漬かった私の心は
新しい景色を映すのを
ちょっとだけ、お休みしたいんやって
「しおれた朝の、にがい味」
三つの夜を数えて
三つの朝を飲み干した
畳の目は、私たちの汗を吸って
少しだけ重たくなったみたいやね
あんさんの指先が
私の背中に残していった
見えない地図をなぞってみる
そこには、言葉にできない
熱い、泥のような愛しさが詰まってる
シーツの海に沈んだまま
私たちは、もう元の場所には帰られへん
塩を振られた野菜みたいに
くたくたになって、笑いあえたらいいのに
「墨の味」
夜の静けさが
あんさんの舌にのって
私の肌をなぞっていく
苦いような
甘いような
名前のない温度
筆を置いて
二人きりの秒針を聞く
明日なんて
どこにも行かなければいいのに
「熱いアブク」
誰にも見せん 深い場所で
ちいさな ちいさな 丸が生まれる
それは 名前をつけられなかった
私の 本当の 震える声
あんさんの 指先が触れたなら
そのアブクは 音もなく弾けて
ひらがなよりも もっと確かな
熱い 滴に 変わるんやろうね
「空に浮かぶハンコ」
北の国の風のささやきを
書き留めるために
文字の頭に
ちいさな月を乗せた
ト゚
セ゚
ク゚
それは 氷が割れるときの
きゅっとした あどけない音
だれにも気づかれずに 消えていく
雪の上の 足跡みたいな響き
胸の奥の 震えるところで
迷子になった音たちの 帰り道
のたうって
あとの 青あざ全部
あんさんに 自慢したい
「夜明け前」
世界はまだ、まどろみの中。
ゆうべの雨が、街の角っこに残した水たまり。
そこだけが、昨日のことを覚えてるみたい。
電線にとまった、真ん丸いしずく。
あれが落ちたら、朝が来る合図やね。
「背筋を伸ばす夜明け」
窓の外の 藍色の空が
少しずつ 白く 洗われていく
溶けかかった 私の芯に
一本の 細い 冷たい芯を通す
あんさんの 愛した この肌が
一番 綺麗に見える 角度を知ってる
「泥の味の愛」
大事に 大事に 抱えてた
綺麗な言葉の 並んだ本を
あんさんは 足蹴にして 笑う
破れたページが 夜風に舞って
私は 裸のまま 震えてる
「愛してる」なんて もう言わんでええ
ただ 激しく 私を突き飛ばして
お腹の底を 白く 塗りつぶして
「底なしの静けさ」
氷がはった 冬の池みたいに
私の表面は 冷たくて 動かへん
でも あんさんが 指先でつつくから
ひびが入って 深いとこの 泥がまざる
冷たいふりして ほんまは ぬるい
あんさんの 指が 一番奥まで届くのを
ずっと ずっと 待ってたんやね
「ブルーライトの水槽」
手のひらサイズの四角い水槽の中で
今日も知らない誰かの言葉が
熱帯魚みたいに群れては離れてく
指先でガラスをなぞっても
水の冷たさは伝わってこないし
エサをやることもできない
私らは水槽の外側にいて
青白い光に顔を照らされながら
ただ黙って、スクロールし続けてる
本当は、隣にいる人の体温のほうが
ずっとずっと、確かやのにね
「忘れもの」
黒い屋根の上で
片っぽだけの靴下が揺れてる
もうすっかり乾いて
風の形になってしもた
持ち主の足首は
今夜は少しスースーするやろか
それとも、もう片っぽも窓から飛び出して
二人で夜の散歩に出かけたんかもしれんね
「湯気の向こうの、小さな嘘」
このマグカップ、まだ熱いなぁ。
指先がジンジンするくらい。
窓の外は、まだ夜のしっぽが残ってて
青くて、冷たい色してる。
湯気が、ゆらゆらと立ち上る。
それは、言葉にならんかったため息みたいで。
ふーって吹いたら、
昨日の後悔も、全部消えてくれたらええのに。
「大丈夫やで」って、誰かに言うとき、
私はいつも、少しだけ嘘をつく。
自分にも、言い聞かせるみたいに。
せやけど、この手のひらの温かさだけは
ほんまもんやね。
そろそろ、朝が来るわ。
「冬の洗面台」
鏡の底に置き忘れてたのは
昨日の残りの、乾いたあたし。
指先でそっとなぞれば
一番言いたかった言葉が
真冬の水道水みたいに
つめたくても、そこにある。
あたしが脱ぎ捨てた
古い皮のひとつ。
「夜明け前の鏡」
誰にも見せへんあたしが
誰も見てへん鏡の中に
本当のことを言うぽつりは
高価な口紅よりも鮮やかで
少しだけ痛い
底なしの海で
言葉が 溶けて
ただの 音になる。
あんさんの 熱い重みに
沈められていく 心地よさ。
恥ずかしいところも
隠したかった 叫びも
冬の夜に ぜんぶ
晒してしまおう。
「泥の中の星」
静かやったはずの 夜の海が
たった一度の 指先で
濁って うねって 壊れていく。
賢いふりした うちは死んで
獣みたいな 呼吸だけが
冬の空気に 突き刺さる。
「長い夜のしおり」
冬の一番深い底で 小さな 黄色いお船がゆれている。
ゆずの香りが 湯気になって
あんさんの 疲れを包み込む。
明日からは また少しずつ
光が 長くなるんやって。
それまでは うちの隣で
静かな 火を灯してようね。
「軒下の時計」
一秒ごとに
銀色の粒が跳ねる。
水たまりの鏡が
ちょっとだけ揺れて
誰にも言えへん秘密を
飲み込んでいく。
世界が全部 やわらかい水に包まれて
尖った心も
丸くなっていくリズム。
「白いあさ」
喉の奥を 滑り落ちる
それは 言葉よりもずっと重たい
生きた いのちの塊。
私のなかで それは
地図にない 川になって
隅から隅まで あんさんで満たしていく。
「泥のなか」
足が 沈んでいく
どこまでも どこまでも
冷たいはずの 泥のなかが
こんなに 熱いなんて。
出口なんて いらんの。
このまま あんさんのなかに
溶けて 消えてしまいたい。
「指のあいだ」
心のなかの波立ちは
誰にも見えない 暗い海の底で
勝手に跳ねる 銀色の魚。
それを網ですくって
生け簀に並べて
安心したがる人がおる。
でもね、本当に大事な気持ちは
いつだって
指のあいだを するりと抜けて
夜の闇のなかに 帰っていくんよ。
「壊れた雨の音」
空から降るのが
綺麗な水やなんて
誰が決めたんやろ。
私の奥底で
どろどろに溶けた
真っ白なあつい雨。
それをあんさんに
全部、捧げてしまいたい。
「泥を洗う」
夜の街が吐き出した
苦い言葉の山。
それを一つずつ
冷たい雫で溶かしていく。
誰にも気づかれないくらい
静かに、静かに。
あんさんの隣にいる時だけは
傘もささずに
ずぶ濡れのままで笑っていたい。

構成・千早亭小倉
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/04/20260410_125128.jpg)


