【登場人物】
リリカ B組生徒。「冷たい最強」。陳腐な青春ドラマが大嫌い。
ケニー B組生徒。地味な文学少年。「読み専」。リリカの皮肉を翻訳できる。
カリソメ君 B組生徒。ごく普通の男子。リリカに興味があるが、会話が噛み合わない。
【場所】
私立鳥瞰学園ここあん高校・屋上。放課後。 リリカとケニーが、フェンス際でぼんやりと街を眺めている。
(カリソメ君が、少し緊張した面持ちで屋上のドアを開けて入ってくる。二人を見つけて、意を決したように近づく)
カリソメ君:あ……リリカさん。ケニー君も。珍しいね、屋上なんて。
リリカ:(振り向かずに)別に。教室の空気が、昨日見たドキュメンタリーの、深海魚の内臓みたいな色だったから、空気を入れ替えに来ただけ。
カリソメ君:し、深海魚……?(意味が分からず、とりあえず笑う)はは、そうなんだね。(気を取り直して)でもさ、やっぱ屋上っていいよね! なんかこう……(フェンスに駆け寄り、両手を広げようとして)叫びたくならない? 『俺は自由だー!』みたいな!
リリカ:(冷ややかに)『いまを生きる』ごっこ? ロビン・ウィリアムズは好きだけど、あれは脚本が優秀だから成立するのよ。
ケニー:(小さく呟く)……フェンスのこちら側で「自由」を叫ぶのは、アイロニー(皮肉)としては成立するかもね。
カリソメ君:え? あいろにー? 『いまを生きる』って、あの古い映画?(二人の会話についていけない)
リリカ:「古い」とか「新しい」とか、そういう時系列でしか物を見られないのが、あなたの言う「普通」なの?
カリソメ君:う……(言葉に詰まる。必死に話題を探し)そ、そういえばさ! もうすぐ進路希望調査じゃん? 二人って、将来どうすんの? なんか、やりたいこととかさ!
リリカ:「将来」。
カリソメ君:うん! 夢とか!
リリカ:(深くため息をつき)ハイゼンベルクの不確定性原理、って知ってる?
カリソメ君:はいぜん……? なに、ドイツのサッカー選手?
ケニー:(思わず小さく吹き出す)
リリカ:(ケニーを一瞥し、カリソメ君に向き直り)……量子力学。粒子の「位置」を正確に知ろうとすると、「運動量」が不正確になる。逆もまた然り。
カリソメ君: ……うん?(全く意味が分からない)
リリカ:「将来の夢」も同じ。「医者になりたい」とか「宇宙飛行士になりたい」とか、「位置」を固定化した瞬間に、その人間の「運動量」……つまり、可能性はゼロになるのよ。ガキっぽい「夢」を語る連中は、自分から観測されて、不自由になりに行ってるだけ。滑稽だわ。
カリソメ君:(完全に思考が停止している)……えっと……つまり……?
ケニー:(助け舟を出すように)リリカさんは、「夢を持たない」っていうのが、一番自由でいられる方法だって言いたいんだと……思うよ。たぶん、サリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』のシーモアみたいに。
カリソメ君:ば、バナナフィッシュ!? それ、漫画だよね。アニメにもなってた気持が……。
リリカ:(ケニーに向かって)ケニー。シーモアはバナナを食べ過ぎて穴から出られなくなったのよ。私たちの「将来」とは関係ないわ。
ケニー:(一瞬、何か言いかけ……リリカの意図的な「誤読」に気づき、小さく息を吐いて)……そうだね。
リリカ:(ケニーの「降伏」を確認し、カリソメ君を見て)……もういい。深海魚の方がマシだった。
(リリカは踵を返し、屋上のドアに向かって歩き出す)
カリソメ君:あ、リリカさん! 待って!
ケニー:(カリソメ君に小さく会釈し、リリカの後を追う)
カリソメ君:(一人、屋上に残される。フェンスを掴み)……りょーしりきがく……?(空に向かって、自信なさげに呟く)……俺は……たぶん……自由、だ……?
(冷たい風が屋上を吹き抜ける)
(幕)
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